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This Category : 善徳女王

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2012.02.27 *Mon*

「善徳女王」ブログ仕切りなおし計画

ワタクシめが、韓国の史劇「善徳女王」にはまったのは、昨年の夏でした。
いやあ、ひっさしぶりの入れ込みよう。
ドラマだけでなく、他の方々のブログをめぐって、レビューや二次創作まで読みふける有様。
調子にのって、考察した文章でブログなんかおっぱじめてしまったのは秋ごろだったでしょうか。

で、このワタクシメの拙い文章が、職場で話題とナリ、いじられ始めたのも、秋。
職員だけでなく、お客様である会員さんたちの間で小さな「善徳女王」ブームが巻き起こりました。

いや、別に、ワタクシが誰かに勧めたとか、そういうわけではないですよ。
すでに観ていた同僚が、私をつかまえて連日ピダム愛を語るものですから、それが昼休みの大きな話題となって周囲に波及していっただけです。
同僚だけでなく、日ごろ仲良くしていただいている会員の男性も話に参戦してきました。
この方はアジア史の専門家だった方です。すでに引退されて悠々自適の生活を送られていますが。
この方は、ミシル絶対の視点でドラマを語られていました。

弁の立つ強力な二人を相手にして、最初は大人しく「ふんふん」と聞き手に回っていたワタクシ。
ですが、2回目の視聴をはじめたころから、この、「ピダム愛満載の友人」と、「ミシル絶対主義のおじさま」に対し、ワタクシの中で急速に反抗の芽がもたげてまいりました。

ピダム・・・なるほど、かっこいい。ミシル・・・なるほどインパクト大。

だけどやはり、このドラマは、ヒロインのトンマンだろう!!!

・・・・という強い思いをもつようになってしまい・・・。
話題の中で、トンマンをないがしろにされると、贔屓チームのエースをかばう気持ちで言葉を費やしてしまい、あろうことかブログにまで手をだして・・・

で、職場における論争に火がついたのです。

いやあ、これはこれでかなり面白かったです。

誰に入れ込んでいるかで、観てるドラマの様相が違う。
ドラマの仕組みが入り組んでいるから、どんな観方をしても起承転結が成立してしまうんですよね。
同僚が突っ込んでくる方向から観ると、また別の面白さが湧き出してきたり。
人と共有する物語としては、実に多様で面白い素材だったんでしょうね。

こうなるともう、周囲を巻き込まずにはおれません。
まだ観てない人間をつかまえては、無理やりDVDを貸しまくる同僚を助けて、私まで貸し出しおばさんとなった日々・・・(遠い目・・・)。

そのうち、自分で購入する同僚や会員さんが続出。
繰り返し視聴する人も増えて、うるさ型の評論家よろしく皆が感想を口にしたがるという、なんとも節操のない職場になっていきました。

「善徳女王」のブログを立ち上げている方々との対話も、面白かったなあ。
お会いしたこともない方々なのに、なんだか深い物語でつながっているような感覚が不思議でした。
その方々の意見を聞くことで、気づきもしなかった想定外の人物像に驚いたり、目からウロコの解釈や背景考察でますますのめりこんでいったり。
たったひとりで鑑賞して、「ああ、面白かった」・・・では終わらない楽しい日々がございました。
(あ、過去のことにしてはいけません。まだまだ語ることはあるんですけどね)

・・・で、その「善徳女王」ブームをしかけときながら、冬にさしかかる頃には、私は、個人的な事情もあってしばらく職場を留守にしていたわけですが・・・。

最近、またまた現場に復帰してみますと、いや、続いてましたよ、「善徳」ブーム。
以前ほどの活気はありませんが、静かに、ゆっくりと語るくらいの落ち着きで定着しています。
まだまだ貸し出しを待っている会員さんもいますしね。

つくづく、「善徳女王」なるドラマのパワーを思いましたね。
巻き込む力、大、ですよ。

実はワタクシ、ここ数ヶ月、札幌のわが家と故郷の叔母の家を往来していたんですね。
やってしまいましたよ。そこでも。
「善徳女王」のDVDを持参して、故郷の親戚一同にも、流行らせてしまいました。

うちの叔母は、ドラマなんてほとんど観ない人なんです。
70歳になんなんとする今も、現役のクライマーで生粋のアウトドア人間。
昨年の69歳になる誕生日は、パキスタンの山の中、標高2500mで迎えたというつわもの。
「テレビの前でぼんやり時間をつぶすなんて、信じられない」・・・と、のたまわっておりましたのに。
彼女も例外なく、「善徳女王」につかまりましたよ。
彼女いわく、この世界観は、オペラに近いスピード感があるそうです。
(そう。10年前、彼女はオペラにはまってたんです。ヨーロッパまで聴きに行ってました)
善徳女王とオペラの共通点なんて私には全く理解不能ですが、あの叔母のお墨付きですから、やっぱりこのドラマ、ただものではないんですよね。

惜しむらくは、叔母の場合、トンマンではなく、ミシルにつかまった傾向が強い・・・。
その一点は、ほんと、残念。

極地にいる夫の荷物の中にも、実は、善徳女王のDVDを入れちゃいました。
(在任中の1年半の間、一度だけ、荷物を送る機会があるんです)
ひょっとして、地球の果ての果て、小さな基地の中で流行っていたら面白いなあなんて、思ったんですけどね。
でもなあ。あまりに果てすぎて、ドラマについて語る人はいないから、送りつけただけではさすがに無理かなあ。

・・・なにしてんでしょうね、ワタクシ。
もうほとんど、「善徳女王」広報宣伝部長でありますよ。

・・・というわけで。
今まで、このブログ、「善徳女王」のみにかかずらわって参りました。
今後も、トンマン愛については、使命感をもって語りたいと強く思っております。

ただね。「善徳女王」だけ、というわけにはいかなくなりました。
昨年秋に、このブログで共通の話題に火をつけたことで、職場の皆から色々求められまして。
あれも語れ、これも語れ、と。
社内報のようなネット上のページに、月に二度のコラムを載せることになりました。
(非公開なんですけどね)
で、このブログでは、その前段階。
いろいろな人の要望を受けて、私が話題にできることを試験的に書いていきたいと思っております。

今まで、善徳女王のブログとして共に対話してくださった方々、楽しい時間をありがとうございました。
今後も、善徳女王について語り合う場を大切にしたいと思いますから、こちらからは何度でも訪問させていただきます。
ただ、当方は少し様相が変わってしまうので、そのことをご了承いただきたく・・。

どんなことを書くべきか、その点はまた改めて、提示させていただきますね。









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2011.11.16 *Wed*

「トンマンの幼すぎる恋・・・ユシンがどうしても父か兄に見えてしまう理由」

なんだか腑に落ちない、消えない違和感がありまして。

トンマンの、ユシンに対する恋心・・・って奴です。
彼女、本当にユシンに恋をしていたんでしょうか。
2度みても、3度みても、最初から最後までどうしてもそうは思えない。
もちろんこれは、ワタクシのごくごく主観的・感覚的なものであります。
ドラマとしては、ちゃんと恋する相手として描かれていたんだと思います。
でもだからこそ違和感・・・というか、変な感じ・・・といいますか・・・。

(で、ここからまたまた、私的独断妄想ワールド。いつもの戯れ言ながら、本日はさらに拍車がかかっております。)

ユシンは確かに、トンマンに恋をしていたと思います。
なんといっても、女性と知りながら郎徒として傍に置いていたわけですから。
相当な堅物のイメージがありますが、トンマンに関しては王宮の規則よりも「こいつを手放したくない」という思いを優先させている。
この時点ですでに淡い思いがあったんだろうと思うんです。
19話から29話にかけて(王宮脱出と逃避行・チョンミョン王女の死・復耶会との接触からトンマン復権に至るまで)、役者さんの好演もあって、トンマンへの愛が溢れていました。
オム・テウンさんの愛情表現、なかなか魅力的ですよね。
クシャッと顔を歪めて、本当にどうしていいかわからない、という・・・なんともいえず情けない表情をされるでしょう。
人としての誠実さと不器用さ、思いの深さも伝わってきて、決してセクシーではないけれどなかなか素敵な愛し方でした。

考えてみると、トンマンって、ユシンに愛される要素満載なんですよ。
ざっとあげてみますと・・・
☆ 少女の時代から自分の保護下にあること。
☆ たった一人で秘密を抱えながら頑張っていること。
☆ 共に危機を乗り越えるという共有の体験があること。
☆ トンマン自身は非力なんだけど、自分にはない発想力で力を与えてくれること。
☆ 捨てられた王女という身分が発覚してからは、さらに哀れな存在として「守ってあげなければ」、という気持ちにさせちゃうところ

人をひきつける強い生命力を感じさせるかと思えば、弱く孤独な頼りない存在にもみえる。責任感の強い、情にあつい男ならば、「こいつには俺しかいない」と思い込んじゃうのも仕方ないかもしれません。

では、トンマンにとってユシンはどんな存在か。
そりゃあもう、「絶対無二の万能スーパーマン」ですよ。

たとえばね。
☆少女時代は、年の近いかけがえのない友人ですよね。
特に、母を亡くし、放浪していた孤独な時代だったからなおのこと。
最初のうちは色々と誤解があったものの、やがてお互い自分にないものに惹かれあい、行動を共にしながら補い合う・・・。成長期に必要な仲間関係が成立していたような気がします。
☆郎徒時代においては、チームリーダーであり、兄であり、時には父の役割も・・・。
だって、トンマンはきちんとした家庭に育っていませんから、礼儀や作法、新羅の社会通念も含め、様々な角度でユシンに躾けられたのではないでしょうか。
砂袋による特訓も、身の守り方をしっかり身につけさせるためでしょう。
これはもはや、スポーツ選手にとっての所属チームの監督。まさに保護者の立場ですよね。
☆そして、最も危機的状況にあっては、自分に強い思いを抱いて守ってくれようとする恋人。家も国も捨ててとにかく一緒に逃げようとしたユシンの気持ちは本物だったので。
☆そして、トンマンが復権し王宮にもどってからは、政治の王道を貫き裏切らない忠臣
三韓一統を為すための最も重要な将軍として、また、王となるまではトンマンを決して甘やかさない厳しい側近として、実力を発揮しています。

友人であり、父・兄であり、師であり、恋人であり、忠臣でもある。
孤児・トンマンが得られなかった様々な愛を、その時期その時期に、必要な形にかえて与え続けた人だったとしたら、それはまさに、「万能スーパーマン」ですよね。
(あ、でもね。スーパーマンの割りにはユシンって、トンマンの根本的な救いにはなってません。むしろ、トンマンの方がユシンを救っているんですが、トンマンに救われているという自覚もあまりなさそう・・・。この、ユシン独特のオトボケキャラについては、後日また・・・)

つまり、トンマンにとってのユシンとは・・・・
少女時代は保護者として大切な人だったでしょう。
仲間の絆や身内のような愛など、トンマンに欠落していたものを与えてくれた人です。
「駆け落ちしよう」と言われながら逃げていたときは、絶望の中にあって、彼の愛の告白が一筋の光明だったでしょうし、ときめきも感じたでしょう。
王女時代、そして女王時代のユシンは、それこそ右腕。政治のピースとして絶対に欠かせないだけではなく、自分を叱咤し、正しい道を一緒に模索する政治家としての、自分の一部でもあった。
ユシンがよく「共に歩む」といいますが、トンマンの最期をみとるまでずっと同行者であったことを思えば、二人が強い愛で結ばれていたことは間違いないと思います。

でもね、それでもやはり、ワタクシは、ユシンがトンマンの恋人だったとは思えない。

理由の第一は、ピダムの存在でしょう
逃避行中のトンマンに出会ったピダムは、その感性と行動で、最初からトンマンの波長にピタリと寄り添っていました。
最初から一緒にいるユシンよりも、トンマンの思いを受け取り、理解し、先を読んで行動に走る。実に見事な片割れっぷり。
ワタクシ的には、こういうリズムと感性のやりとりこそが「連れ合い」とか「半身」というのにふさわしい感じがして、トンマンの相手はこっちなんだと、最初の視聴のときからイメージができてしまったんですよね。

理由の第二は、トンマンとユシンの間に時々存在する「ずれ」みたいなもの
たとえば逃避行の最中も、「新しいお前を作ってやる」「私はお前を選んだんだ、一緒に新羅を出よう」と決死の覚悟ですが、あまり現実味がない感じがしていました。
なにせ、いいお家のお坊ちゃんで、身分も家柄も確固たるものがあってこそ力を発揮するタイプです。
切羽詰って他に方法がなかったから「駆け落ち」なんてガラにもないことを考えちゃったけれど、逃げるための具体的な方針はありませんでしたね。お金も持ってなくて、どこかで調達する手立てもなくて、敵に追われちゃうと隠れるしかなくて・・・。
郎徒を率いて王宮にいるときと違って、どうも頭が働いていない。やはり、家も国も捨てて放浪するというタイプじゃない。

あれじゃあトンマンも、「わかった、あなたについていく」という気にはなれない。
あなたの生きるべき場所は王宮でしょう、どうぞ帰ってください、と思うのは仕方ないことです。
そうなんです。トンマンはあのとき、「ユシンと一緒に逃げたい」とは思ったけれど、「逃げよう」とは決意しませんでした。チョンミョン王女にお返しします、と約束しています。
あの時点でトンマンは、ユシンのことを「共に生きるべき存在」とは思っていなかった。
ユシンの思いとトンマンの決意には、すでにギャップがありましたよね。

チョンミョンの死後ソラボルに戻ると決意したときも、トンマンはユシンを誘いませんでした。
存在してはならない姫を認めさせるのです。手段を選んではいられない。・・・そういうことにユシンを巻き込みたくない、と思っていた。
ユシンを大事に思っているからこその遠慮と思いやりですが、それが離れようとする選択であるなら、「共に生きるべき存在」ではないんだなぁとつい勘繰ってしまう。
むしろ出会って間もないピダムを、確信をもって誘っていました。
もちろん、共に生きるという重い意味ではありません。ただ「役に立つかも」という程度。コマとして使えるという大前提ではあります。
が、自らも歴史のコマになろうとしているわけですから、その意味ではやはり、一緒に行こう、一緒にやろう、一緒に生きよう、という意味に近い誘いですよね。
やはりわずかな時間の中で、ピダムに通じるものを感じたのは間違いないと思います。

さて、トンマンにユシンへの恋心を感じられない理由の3番目
ユシンを失いそうになると、トンマンが子どもに返ったように動揺してしまう点です。
ミシル勢力の策略でユシンがあちらに取り込まれそうになるときと、ミシルの乱でユシンを残して王宮を脱出する場面が顕著ですね。
目が泳いで声が上ずり、とめどなく涙を流す。
ソファやチョンミョンを失うときのトンマンと同じです。
それを見るとやはり、ユシンは、恋人というより「身内」だと思ってしまう。
本来は天涯孤独な流浪者である自分を、都につなぎとめ、社会的に意味のある存在にしてくれる人たち。
この土地、この世界に根をはって、自分をつかまえてくれる人たち。
名を失う前の自分を知り、覚えていてくれる数少ないこの世の存在。
その存在の代表格が、ソファ・チョンミョン・ユシン・・・この3人。
ワタクシ、恋をするというのは、これまでの生育暦や価値観から自由になって、他者を受け入れることで新しい自分を見つけ、自立することだと思っているんですよね。
でも、この3人を失って泣いてしまうトンマンを見ていると、迷子になって途方にくれている未熟な幼子のように思えてしまって、そこに「恋」が感じられない。
やっぱりユシンは恋人じゃない。トンマンにとっては、「兄」であり「父」みたいな人なんだと思ってしまう。

もちろん、恋の形はひとつではないしワタクシの恋愛観が正しいというわけでもないので、ここで論じていることにあまり意味はないかもしれませんが・・・。
それでもどうしても、誰かに言いたくなっちゃう違和感・・・ってやつ。
くどいようですが、やっぱり、トンマンのユシンに対する思いは恋じゃないって気がしてしょうがない。

あと3回同じフレーズをかけば、すっきりするかなぁ。




2011.11.10 *Thu*

「似たもの親子のあかし・・・ピダムのお母さん事情を考える」

ピダムのお母さんって・・・まあ、ミシルなんですけどね。
「お母さん」っていう感じは全然しませんね。ミシルはやはり、ミシルです。
生んでくれたはいいけれど「お前は役に立たないから」とサラリと捨てて、再会しても母らしい声がけがあるわけでもなく、息子だと認めることもない。
そういうミシルを、ピダムは結構冷静に受け止めていましたよね。
いえ、最初の頃こそかわいらしく反発していましたけれど、花郎生活も長くなって来た頃、ミシルと二人だけの場面があっても、責めるでもなく、縋るでもなく、息子であることを主張すらせず・・・。
前記事「ピダムが最初に見た世界」で、自分自身について無関心だったピダムのことを書きましたが、ここでもね、親子の「情」という部分で淡白なピダムの印象が気になるんです。母を乞う気持ちが、あったのかなかったのか・・・。

・・・ということで、いつも以上にワタクシの見当違いが爆発します。
どうぞ、突っ込みのご用意を。シージャ

「ミシルが実母である」という事実をピダムが突き止めたのは33話。
ムンノとソファの話を立ち聞きしちゃって、トンマンとの婚姻の可能性が気になって身分を調べる気になったんですよね。別に、母が恋しくなったわけではなく・・・。
で、その事実を確かめた直後にミシルとすれ違うんですけど、そのときの態度がね。「こいつが俺を捨てやがったんだ」っていう、ひねた感じ・・。
まあ、これは何となく理解できるんです。
捨てられたからといって別に恨みに思っていたわけでもないけれど、知ってしまったからにはなんだか癪に障る。ちょっとつついてみたくなる意地悪な気持ち。
ミシルに、「ムンノの弟子だったのか」と声をかけられ、「なかなかよく仕込まれている」と褒められて、「あなたほどではありませんよ」とチラリと牙をみせる。
「簡単に人を殺す冷酷な俺」について言い募る感じは、ピダムらしいような気がして違和感ありませんでした。
策略めいたものは何もありません。単まるイヤミです。
この頃のピダム君、まだまだ他愛ない少年のような面が幅を利かせていますから。
それに多分ピダムにとってこのときは、ミシル個人に対する思いよりもっと重要なことがありました。
すなわち、「廃位された王の子」という自分の正体と、「トンマンの敵が自分の母である」という立場、その2点。
やれやれ。ミシルが息子をないがしろにしたように、息子の方もかなりお母さんへの思いのレベルが低い。似たもの親子ってことですか。

さて、その後の花郎になったピダム・・・。
トンマンがミシルを出し抜くと、花郎であるピダムが、勝ち誇ったようにミシルにちゃちゃを入れて刺激します。トンマンの成功を通して、ミシルに仕返ししているようなささやかな爽快感があったでしょう。
ミシルの方も負けていませんでしたね。ピダムの、トンマンに対する純粋すぎる思いを最初から見抜いていて、その甘さを追及してくる。
いや、あの親子の毒を含んだ舌戦は楽しかったですねぇ。もっとたくさん観たかった。

トンマンの王女時代が長くなるにつれ、両者ともお互いに対する気持ちはさらに複雑なものになっていきます。
たとえばミシルは、トンマンの影に常にピダムの存在を感じなければいけない。
ピダムがヘマをしたら「その程度なの?」と嗤う一方で、叱咤したい気持ちにもなる。
上手く立ち回って有能さを示せば、トンマン側が有利になって歯噛みする一方で「さすがに我が息子」という気持ちも、ちらっと覗く。
トンマンの傍にいるからこそ、ミシルにとってピダムが、特別な息子になりつつある感じは、実にうまく伝わってきました。
ピダムも同様に、イヤミと反抗だけではいられなくなりました。
王宮のことを知るにつれミシルの偉大さを実感したでしょうし、同時に、そのミシルに対抗できる唯一の存在・トンマンに、ますます心惹かれることになる。
一方は母。一方は、自分が仕え、守ると決めた女性。
ピダムのことだから、気持ちが引き裂かれて悩むような可愛げはありませんが、それでも、少しは、両者に後ろ髪をひかれるような気持ちになるでしょう。

それにしても、ミシルの側からみれば、ピダムとトンマンの関係は大きな皮肉です。
自分が生んだ子どものうち、自分に最も近い素材であるピダムが、敵であるトンマンの懐にすっぽりとおさまっている。
なんたってピダムの感性と頭脳ですから、ミシルが何かたくらめば、その作戦の裏の意味まで理解するわけです。ハジョンやポジョンよりもずっとミシルを理解できる息子。
トンマンが「お前はどう思う?」とピダムに聞けば、ミシルの考えに最も近い答えが返ってくる。機密ファイル一式を、みすみす敵に与えたようなものですね。

あれ? では、ミシルはなぜ、トンマンからピダムを奪おうとしなかったの?
ソルォンがピダムとトンマンの仲の良さを報告し、副君になる可能性に触れたとき、ミシルは「捨てた息子を、なんでいまさら・・・」と一蹴しました(40話)。
使えるコマなら余さず自陣に引き入れ、逃さないのがミシルの流儀でしょうに。
なにより、息子であることを公表してトンマンの結婚相手となるなら、これ以上の有効なコマはないはず。
しかし、ミシルはピダムを引き入れようとはしない。・・・なんで?

ちょっと、ミシルの気持ちになってその理由を考えてみましょう。
たとえばその1!
ピダムには能力がないからいらないと思った・・・って、そんなはずないよね。
じゃ、その2!
ただの意地。ここでピダムを再び拾うようなことがあっては、かつて自分が捨てたという判断が誤りだったと認めることになるから。・・・うん、これはありそう。
ではその3!
ピダムの気質とトンマンへの思いを知っているから、ミシル側には絶対になびかないと最初から判断していた。・・・これもちょっとはありそう? 
ひょっとしてその4!
ピダムの恋が成就するよう期待してる・・・?もちろん、ピダムの青臭い片思いはミシル的にはNGなんだけど、でも、ピダムの思いが何かの力を得てトンマンを手に入れることができれば、それはそのまま、神国を手に入れることにつながるかも・・・という期待がどこかにある・・・というのは?・・・あ、これは政略結婚すれば解決する問題?
最後に、その5!
ピダムを引き入れて彼が王になっちゃったら、自分が王妃になれないから。ミシルの目的はあくまで、王室勢力を叩いて夫であるセジョン公を王に据えることであり、王の母になることではない。
この他にも考えられることはありそうですが、さて、皆様は、どう思われます?
どなたか、意見をお持ちの方、お聞かせくださいませ。

・・・・・。横道にそりかえっちゃいました。失礼。
ミシルの息子事情ではなく、ピダムのお母さん事情でございます。(・・・ん?同じことかしらん?)

ミシルの乱の前後で、ふたりの距離は少し縮み、親子らしいやりとりが展開します。
42話の清遊に出たミシルに付き合わされるピダム。
49話の大耶城に押し入りミシルの真意を問いただそうとするピダム。
そして50話、ミシルの最期をみとるピダム。
捨てた・捨てられたという過去や、敵対している現状があるにも関わらず、ここでもお互いに対して決定的な衝突はありません。質疑応答はありますが、そこに責める気持ち、否定する気持ちはあらわれていません。
ピダムは、トンマンの申し出た和睦を受け入れて欲しいと願います。でも「応じることができない」というミシルには、抵抗せずに黙って見送るしかない。
ミシルも同様です。反乱中に陣を構えている大耶城にピダムが忍び込み、ポジョンたちに見つかったとき、「私の客人だ」といって逃がします。
結局、それぞれがそれぞれの道を行くしかない。
どちらかの願いを満たすために、どちらかが妥協するということはありえない。
そのことを互いに知っている親子なんですよね、きっと。

ピダムは、国を得たいというミシルの気持ちがわかる。そのために破滅し、最後まで自分と対立することになっても、ミシルの生き方、死に様を決して否定しない。
ミシルも、口では「お前の夢はあまりに幼い」と言っているけれど、トンマンを求めるピダムの気持ちがやはり理解できる。なぜなら、誰よりもトンマンの知恵と勇気を認め、その力を愛おしいと思っているのはミシル自身だから。

物語の最後で、ミシル勢力の人たちが、「ピダムがミシルと似ているなんて錯覚だった」と思う場面がいくつかありますね。
でも、ミシルとピダム、似ていると思いますよ。
ミシルは神国。ピダムはトンマン。欲しいものに対する情熱の傾け方がそっくりです。
その一事だけを一途に思い、欲しいと思えばその一部ではなくすべてを奪わねば気がすまない。誰かと分かち合うことは絶対にできない。
そして、欲しいもののためなら、行き着く先が破滅であれ死であれ、妥協することなく求め続けて、果てる。

トンマンに対する思いも、似ていますよね。
真っ直ぐな好奇心と尊敬をもって自分に対立するトンマンを、ミシルは、心ときめかせ、まぶしそうにみていました。トンマンの仕掛けで世の中が動き出すのを見届けるときのピダムと同じです。
自分にはできない発想で時代の新しい局面を切り開こうとするトンマンに対して、ミシルは妬ましさで身を焦がしていました。トンマンを想うときのピダムと同じ。
この親子、数少ない対話の場面では、必ずトンマンのことに触れるんです。
案外、トンマンの存在そのものが、ミシルとピダムの結びつきを強くしたのかもしれない。・・・そんなことを、ふっと考えてしまいます。

さて、最初の命題に戻りましょう。
ピダムは母を乞う気持ちがあったかなかったか。

もちろん、あった。あったからこそ、「どうして自分を殺さなかったのか」という理由を知りたがったのでしょう。
でも、ピダムはシンプルな思考の持ち主で、現実主義者です。
ミシルに持ち得ない「母としての犠牲的精神」、「無償の愛」、「自分に対する無条件の理解」など求めません。だって、そんなものは見たことがないから、幻想でさえ抱かない。
だから、ミシルが母と知っていても、彼女に迫ったり縋ったりするほどの気持ちはないんです。
ただ、共感はあった。42話、ふたりの対話が象徴しています。
「王妃になるというしがない夢のため、息子を捨てた」とミシルがいえば、「素敵です。夢とはそういうものでしょう。しがなくても、壮大でも、すべてを捨てさせる」とピダムが応じる。共感以外のなにものでもないでしょう。

同じく42話の対話。
ピダムが「私は王女を得て歴史に名を残す。大業をなす。だから、あなたはしがない夢を捨てたらどうですか?」というと、ミシルは「なぜ?」と問う。
ピダム「わたしだから」と答える。
ミシルがそれを断ると、今度はピダムが「なぜ?」と問う。
ミシルも答えるんです。「わたしだから」と。
これが二人の親子関係の形。
息子であろうと夢を分け合うことはできず、自分の世を諦めて次の世代に託すということは、ミシルにはありえない。
ピダムにとっては、苦々しいけれど納得できる事実。

ワタクシ、実はこの二人の親子関係、かなり好きです。
トンマンとソファの、自己犠牲と無償の愛よりも。
いかついけれど、正直。孤独だけど、淡白ですっきりしている。
こうやって考えると、やはり、ミシルとピダムって、似たもの親子なんだなあって、改めて思うんですけど。・・・さて?


2011.11.08 *Tue*

「ピダムがみた最初の世界・・・トンマンという指標」

自分にさえ無関心だったピダムのこと

若かりし頃のピダムは、幾分、ぶっとんでましたよね。
人を殺すときのノリの良さとか、トンマンと同じレベル・同じ速さで悪巧みをやらかしちゃう感じとか、立場や状況を考えないマイペースさとか・・・まあ、いろいろと。
その中でワタクシが一番「ぶっとんでる」と思うのは、トンマンに会って王宮入りするその時まで、「自分が何者であるか」という一事に全然関心がなかったってことなんですよ。 
おい、こら、って感じです。
ほんっとうに何にも考えないで生きてきたのかよ、・・・・みたいな。

もちろん、自分が捨てられた子どもだということは知っている。
師匠であるムンノが、それを拾って剣術や学問を授けてくれたことを、ありがたいと思っている。
(だって、ムンノに対してはむちゃくちゃ殊勝でしたから。登場したばかりのとき、ピダムって、いつもムンノに叱られるか否かを気にしていたでしょう)
で、親については、深くは考えていない。捨てたからには事情があったんだろう、という程度。

でもね、そんなばかなって思っちゃうんですよ。
少しくらいは、お母さんを恋しがったり、よその子をうらやんだりするんじゃないかなあ。
なんで僕は・・・っとかって、考えないかなあ。・・・考えないんですね、ピダムは。
そういう奴なんですかね・・・・。

弱者・トンマンに出会う

とすると、やはり、ピダムがトンマンと出会ったことは、神のおぼしめしですね。
同じ捨てられた子どもでありながら、この違いをみよ!・・・と、天が言うとります。

自分が何者であるかをちゃんと追及したら、その挙句に命を狙われ、逃げ惑うトンマン。
まじめに逃げた結果、唯一無二の愛の対象である姉の死を招き、絶望のどん底に落とされるトンマン。
そこから這い上がり、ミシルに復讐を誓って、新羅の王宮に生きると決めたトンマン。

もうね、ピダムにとって、生き方のお手本みたいなもんですよ。
「お前もさ、そろそろ人生を考える時期に来てるよ・・・。自分が何者か、どこへ行くのか、この哲学の命題を、そろそろ追求しようじゃないの・・」と、神が言ったかどうかはわかりませんが、とにかく、ピダムはトンマンに出会いました。

ピダムは最初、逃げ惑う弱者トンマンが気の毒で「助けてあげたい」と思ったんだそうです。ムンノにそう言ってます。
「え、助けたいってそれは本心か?お前が人を助けようと思う日がくるなんて信じられない・・・」
と、ムンノは仰天しましたが、
「まあ、そういう気持ちになったのなら、それはいいことだ。やってみなさい」
と許可が下りました。
そうなんです。この頃のピダムは、ムンノの許可なしには動かない(動けないのではなく・・・)。
実は非常に殊勝な面を持ち合わせていた。
言い換えれば、化け物ピダムを人間ピダムに押し留めていたのは、ムンノという重石だったってことなんですけどね。

どうしてトンマンを助けたいと思ったのか。
それについては、以前、「魂で出会う」という記事でワタクシの考えを起こしましたので、よろしければご参照ください。
ピダム、初めて同情心を抱く・・・というわけでございます。

「愛」で強くなる弱者

さて、助けてあげたいと思うほど可哀想なはずの彼女に、とんでもない強さを感じる場面がありました。
毒矢を受けたチョンミョンのために、薬を求めて疾走するトンマンです。
ピダム、あまりの勢いにひるんでいましたね。
それまでは、気力を抜かれて逃げるばかりの無力な奴だった。
その弱き者が、「オンニを助けなければ」という状況になった途端、すべてのエネルギーを目に蓄えてピダムを見つめ、とんでもない力でひっぱって行こうとする。
これ別人か?と思うほどの生命のほとばしりでしょう。

薬を手に入れ戻ったときにはすでに遅く、チョンミョンの亡骸の前で慟哭するトンマンも目にしてしまいました。
その場に一緒にいたユシンやアルチョンと違って、ピダムにはチョンミョンに対する思い入れがありません。
だから、自分の気持ちではなく、トンマンの気持ちとしてこの場面をみていた。
自分が生まれて初めてそばにいて守ってやろうと思ったトンマンは、すでに、命をかけて誰かを愛し、愛される経験を知っている子でした。
チョンミョンの死は、トンマンにとって絶望以外の何ものでもありませんでした。
その嘆きの姿に、本来他人に冷淡であるはずのピダムも心を動かされます。
愛する家族もなく、自分が死んで泣いてくれる誰かも想像できない。そもそもそんな存在を必要としなかった。
そんなピダムだったのに、トンマンの嘆きに動揺し、その姿を正視できないほど胸を痛めたんです。

このチョンミョンの悲劇は、トンマンの強さをさらに引き出しました。
なんと、危険なはずのソラボルへ戻って、新羅を手に入れると言い出した。
可哀想な弱者トンマンに出会ったはずなのに、状況は一変しました。
ピダムは半信半疑ながらトンマンについていき、様子をみることにします。
このとき、ピダムがついていった理由。・・・その最も大事なポイントは多分、「新羅を手に入れる」という言葉ではなく、姉の死後に見せたトンマンの捨て身の強さでしょう。
救いようのない状況なのに、危険の渦中に自ら身を投じて血路を開こうとするわけですから、そりゃあ、ピダムのトンマンへの関心は高まりますよね。
最初に抱いた同情心なんてふっとんじゃうほど、トンマンは豊かに、多様にその表情を変えていく。
ユシンがハラハラしながらうろたえている横で、また、アルチョンが堅苦しく忠誠を誓って従う横で、ピダムだけ、新しいいたずらを見つけたように、生き生きと楽しんでいる様子は、なかなかキュートでした。

ピダム、自分の人生を開く

人に関心を抱くこと。異性に心を寄せること。その人と一緒にいたいと思うこと。
ムンノもびっくりなこの展開。今までのピダムではありえなかったことばかり。
ピダムの心の中で起こった変化は、ピダムの人生をも変えます。
トンマンのそばにいたいと漠然と思うようになったとき、「自分は何者なのか」という課題がふりかかってきた。
親は誰か?捨てられたのはなぜか?トンマンの傍にいることのできる身分なのか?
ようやく、自分探しが始まるわけですね。

この後、ピダムは、ムンノに初めて反抗して決裂したり、ミシルを実母と確認したり、花郎になって王宮に居場所を確保したり、・・・そういう紆余曲折を経験しながら、トンマンにより近く仕えることになります。
もう、ムンノの重石はいりません。
トンマンを大切に思う心を抱くことで、人として世に出て、自らの行動で彼女の役に立つことができる。
それも、ユシンのように心を犠牲にしてトンマンを支えるのではありません。
自分の心のままに、愛する気持ちに素直に従って傍にいるんです。

ピダムは、なぜトンマンに仕えるのか、と聞かれて答えますよね。
「自分はカモだから。世に出たときに、最初にみたものについていくんです」
「最初にみたもの」・・・。正確にいうと「最初に見えたもの」「最初に認識したもの」・・・かな?
トンマンに出会うまで、そして出会った後も、ピダムが認識する「この世」には、すべてトンマンが存在します。
本当に彼には、他に誰もいない。いつもいつも、トンマンただ一人、です。

彼女の存在そのものが、彼の人生の始まりであり、終焉だったんだなあって、そう思うんです。


2011.11.05 *Sat*

「女の魅力ってなに!・・・トンマンは無骨モノですが、なにか?」

またまた起きました。ミシルファン、ピダムファンとの仁義なき闘い。

今回、話題になったのは、「トンマンの女っぷり」について、です。

「ミシルみたいに男に対して配慮がないよね。もう少し色気があれば、魅力的にみえたかも」というミシルファンの言葉と、「トンマンって女子力(ジョシリョク)低すぎ。ピダムの相手としちゃあ不満あり」というピダムファンのお言葉をいただきました。

はい、反論、シージャでございます!

まずね、ミシルと比べんでください
まあ確かに、キャラ的には女子力、劣るかもしれません。それは認めます。
なんたって、王女に復権するまで男装を通して暮らしていましたから。
ミシルなんて、訪ねてきたピダムと部屋で対峙したときでさえ、髪をいじりながら色っぽい仕草でアピールしていましたね。息子ですよ、相手は・・・。
ミシルの、色気をふりまく仕草はほとんど条件反射。殿方の扱いを教育されたと言う家系ですから、その人と男装トンマンを比べられても無茶な話です。

ミシルのあれを「女っぷり」というなら、トンマンは「可愛げ」で勝負します。
知りたいと思うことを追求するとき。
「あ、そうか」って理解したとき。
何かを成就して喜ぶとき。
ついでに、いいこと思いついてニヤリと悪者笑顔になるとき。
輝いてますよ。ああいうときの愛らしさは誰にも負けない。
ちゃんと観ていたら、さりげないけど豊かに動いているトンマンの表情がいとおしくなります。

ただ、色気や女子としての華やかさを過剰に求めちゃいけませんぜ。
トンマンが女性的な華やかさに満ちていたら、「善徳女王」というドラマの根底が覆っちゃいます。
彼女の特徴は、天性の策略家と天真爛漫な知識欲、行動力。そして女性としての不器用さですから。女王時代なんて、文字通り女を捨てて頑張っているんです。
その頑張っている一方で、女としてちゃんとピダムとラブモードに入れ、といわれても、無理でしょう。
そうそう。ピダムファンから、仰天発言もありました。
「なんであの女優さんなのかなあ。ソン・ユリだったら良かったのに・・・」
・・・って、なんでその名前が出る?いや、あの、妙にきれいな女優さんでしょ。
立っているだけで女らしさが溢れちゃう。個性的な自然な美というより造形美(いや、整形とかいう、そういうことではなくて・・・)。知性というより、先に色香が印象を決定づけちゃうタイプ。
演技派かどうか知らないけど、あの人がトンマンをやるとなると相当無理しないと、男装時代は大変な違和感ですよ。
王女時代になっても、知恵や策略でミシルと闘うという感じではなく、すぐにでも王子様見つけて結婚しちゃいそうな雰囲気ですよね。存在感ありありで、自分をゼロにはできん女優さんでしょう。
骨太史劇の色があせちゃいますよ。

ピダムじゃなくて「善徳女王」というドラマを観よう!
思うけど、うちにいる一部のピダムファンって、「善徳女王」を観たいのではなくて、ピダムとトンマンのラブロマンスだけを観たいのでは?
それでてっとり早く「女」を感じさせるようなきれいどころをもってきたがる・・・そんな感じがするんですけど(反論、もちろん受け付けます)
女王時代のトンマンに共感を抱いているピダムファンは、「あの女優じゃなければ」なんて言いませんよ。
確かに、イ・ヨウォンさん演じるトンマンは、無骨で色気がない。政略を優先的に考えてしまう。
彼女だって女優ですから、華を添えろといわれれば、いくらでも華やかになると思いますが、トンマンですから。求められているキャラってものがありますから。
そういうことにきちっと答えて、あの、トンマンだと思うんですよ。
考えてみてください。

トンマンとピダムの恋って、どんな恋だったか考えたことある?
トンマンとピダムの恋が本格化する女王時代って、「ときめき」の時代じゃないですよね。
政治家としても成熟してきた二人が、時代の波に押されて少しずつ人生を決する時期を迎えている。
そこで出さなければいけない結論みたいなものが、二人の関係なんですよ。
トンマンの方は、ユシンとピダムの勢力バランスが崩れることによって少しずつ寿命を削られており、一般的な甘いラブロマンスが期待されるような状況ではありません。
走り続けて崖っぷちに立ち止まった魂を、最終的に受け止められるかどうかという切羽詰った恋です。
恋が成就することで未来が始まるのではなく、人生の終わりに二人で過ごすことができるか、最後の最後に人としての幸せを得られるかどうか、その葛藤です。
まだ「人」として生きることができないトンマンに対し、皆さんが満足するような、女としての色気なんて無理でしょ。

ピダムはトンマンに何をもとめているんでしたっけ?
第一ピダム自身が、トンマンに「女子リョク」とか「女っぷり」をまだ求めていません。
ピダムは、トンマンという魂を愛しているんです。
捨てられた王族の子として自分が何者かを知らないまま育ち、殺しの標的にされながらも生き延びて復権し、さらにミシルを倒して王座を得たトンマンです。
ピダムは、そういう彼女を愛して、その彼女の横に居場所を見つけ、有能な政治家になりあがったんです。
ね、これだけ列挙しても、ピダムにとってトンマンは、女子リョクのあるなしに関わらず、絶対的な存在だってわかるでしょ。
ピダムの恋は、まだトンマンに女子力を求める以前。神国から、「人」としてのトンマンを奪還する闘いですから。
しかしそれでもね。
女を捨てたはずのトンマンが、最後の最後、まだ王座にいながらも、なんとかしてピダムと結婚しようとしたんです。ピダムに対して女としてできる最大限のことです。指輪まで渡して、勢力争いがおさまるまで逃がそうとまでした。
これ、大きな女子としての決意なんですけどね。そこんとこで、強い愛を感じてはいただけませんかね?
ベタベタするだけが愛情表現じゃない、ってことです。

それにね、最後に言いたいんですけどね。
好みの問題とは思いますけど、トンマンというキャラは、男前な部分が前面にでているとしても、女性として美しい場面がたくさんあります。
長くなっちゃったからここでは列挙しませんが、ミシルのように、ベタベタと判で押すような印象を押し付けないから、さらっと観ていると見逃しちゃうんです。
ワタクシも、最初のうちこそミシルの美しさに感心しておりましたが、そのうち単調な顔芸に思えてきまして、魅力を感じなくなりました。
もともと美しい顔立ちの女優さんでいらっしゃいますが、61話もあるのに、最初から最後まで同じ表情の繰り返しで面白みがない。
逆に、2回目の視聴からはトンマンに魅入られました。抑制されながらも実に細かく、生き生きと動く。決してわざとらしくない。
トンマンって、自分から発露して人を動かすというより、他者から吸収してそれを受けて生じる芝居が圧倒的に多いので、その表情がいつもニュートラルなんですよ。相手次第でどちらにも触れることができるよう、用意されている。
だから、2度目の視聴、3度目の視聴と、回を重ねるごとに、新しい発見がある。
少女らしく生き生きした時代でなくても、疲労困憊した老いた時代でさえ、表情の出し入れに品があるんです。

まあ、何にしても、トンマンの魅力って、「ぱっと見」ではわからないんです。
でも彼女をじっくりみて、その魅力を肯定できたら、ミシルもピダムもさらに魅力的に見えます。
だってトンマンは、ミシルとピダム双方に、熱烈に愛されたキャラなんですから。
その愛の意味がわかれば、物語の奥の奥、その面白さに手が届くと思います。
「善徳女王」のキーマンは、間違いなくトンマンなんです。




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