10
:
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
: < >
--.--.-- *--*

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2011.09.26 *Mon*

善徳女王・・・自分で自分を抱きしめる子ども トンマン&ピダム

 このドラマを勧めてくださったO先生とドラマ談義をすると、絶対にかみ合わない部分が出てきます。
 トンマンとピダムの関係です。先生は、二人が恋愛関係に陥るのはおかしいと断言するんです。
 先生いわく「トンマンは母親の愛情に恵まれて育ち、苦労はしても王室に居場所があり、王となって臣下にも恵まれる。ピダムは、在野の風来坊から身を起こした一匹狼。反逆者ミシルの息子として自身も反逆の徒となる。接点がないだろう」と。
 これ聞いて思いました。「トンマンがいつピダムに恋をしたかわからない」という意見の方は、同じように解釈してるのかなあ。ひょっとして、トンマンの方が生育歴の上ではピダムより恵まれていて、ピダムの方が可哀想だと思ってる?????

 ということで、ここから、反論させていただきます。

 まず、母親の愛情いっぱいに育ったトンマンに対し、ムンノのネグレクトに近い厳しさの中で育ったピダムは可哀想・・・とよくいわれますよね。そうでしょうか?

 まあ、幼い頃のピダムは寂しかったでしょう。そういう描写が何度も出てきましたし、最終的にトンマンの愛を信じ切れなかった心の弱さも、母親的存在なしに育った背景が大きく影響した、と・・・これ、脚本の狙い・・・ですよね。
 でもピダムは母なるものを知らないから、実の母に会った後も結構淡白でいられるんですよね。案外自然にミシルと対話してるし、自分が捨てられたことさえも「夢のためでしょう」とさらりと理解を示す。そして、反乱を起こす直前のミシルが自分を殺さなかったことに大きな意味を(もしくは愛情を?)感じることができる。
 
 しかしトンマンはそうはいきません。
 もちろん、ソファの愛情をどっぷりと受けて育ったのは幸せなことでした。ソファと生き別れていた間は、姉のチョンミョン王女がトンマンを守ろうと躍起になってくれましたから、これも、トンマンの人間性を豊かに育てたと思います。
 が、しかし、この二人は、トンマンのために命を落としました。ソファにいたっては、2度も死んでみせました。
 これ、きついですよ。どれほど自分を呪ったことか。

 ピダムは、母なるものを知らなかったからこそ、成長後のわずかな邂逅の中で、ミシルによって少しは満たされるものがあったと思います。 しかしトンマンは、愛情深い、母に近い二人が、自分を守るために、自分のせいで死んでいったことで、想像を絶する欠落感を抱いたと思います。
 ピダムの方がトンマンよりも孤独だとは、私には思えません。

 父なるものについてはむしろ、ピダムよりトンマンの方がつらかったのでは?
 もちろん映像の中では、ピダムに対するムンノの厳しさが前面に出ていました。頭ごなしに叱られ、神妙になるピダムをみて、ピダムに同情する視聴者が多かったでしょう。 しかしピダムは、命を狙われたわけではありません。
 トンマンは、複数の大人たちに命を狙われました。しかもその中に、自分を捨てた実父がいました。力のない王で、それが自分の意志ではなかったからといって、トンマンの心の傷が浅くなるわけではありません。世がすべて敵という状況の中、ユシンとの逃避行の最中、トンマンは終始絶望の中にいました。チョンミョン王女の死で、復讐のために生気を蘇らせましたが、王女として復権した後の実父、実母とのやりとりを見ていると、捨てられ、さらに殺されようとしたときの心の闇が払拭されているとは思えませんでした。

 あ、少々力が入ってしまいました。すみません。トンマンとピダムのどちらが不幸だったかなんて、比べてもしょうがないですね。
 しかしそれでも、育った背景として、ピダムの孤独の方が深いという方がいれば、トンマン目線で一度考えてみてほしいわけです。そうすれば、トンマンとピダムが類似した環境の中で同じように孤独であったことが理解できる。

 物語の前半、トンマンがムンノのことを「父」と信じて探し求め、ついに会えないという展開は象徴的です。その同じ時期、ムンノと行動を共にしていたピダムが、父なるものをムンノに求めながら常に満たされなかったことを合わせて考えると、なんだか切ないけれど、納得しちゃうんです。
 二人は、出会う前から同じ境遇にいたんだなあって。
 
 母を犠牲にして生き延び、自分が何者かを知るためにひとり旅をするトンマン。
 父と慕う師から否定され、疎まれながら、その理由がわからないまま付き従って旅をするピダム。
 二人は、つかみどころのない「ムンノ」という幻想に父を求めながら、自分で自分を抱きしめるような子ども時代を送っていたのだと思います。

 ずっと後、トンマンから問い詰められたピダムが「自分はミシルの息子だ」と告白したとき、トンマンが言います。
「捨てられたなんて言えないな。それは本当にいやなことだ」
 それでも自分には話して欲しかった、と言われ、ピダムが答えます。
「話してしまって、王女様にも見捨てられたら・・・?」
 そして、トンマンがピダムを抱きしめる。
 見捨てられるということがどれほどのことか、誰よりも知っているトンマンが、行き場を失ったピダムを受け入れる。
 あれは、片翼が、もうひとつの片翼を合わせたような抱擁でした。お互いを抱きしめながら、自分自身を抱きしめる。
 
 捨てられた子どもであること。これ、トンマンとピダムの原点であり、基本です。
 果てしなく自由でありながら、底なしに寂寞としたループの中で、彼らはくるくる回っている。
 その孤独は多分、この二人にしかわからないし、この二人でしか埋められないものなんじゃないかなあ。
 
 ・・・って、また、深読みがすぎますかね。
スポンサーサイト

COMMENT

Comment Form


非公開コメント


TRACKBACK

TrackBack List


プロフィール

didi

Author:didi
FC2ブログへようこそ!













検索フォーム







ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



Copyright © Didi’s Table All Rights Reserved.
テンプレート配布者: サリイ 素材: ふるるか ・・・
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。