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2011.11.03 *Thu*

砂漠の果て・・・トンマンの安らぎって誰?

「たらればならば」・・・はあまり意味がありませんが、それでもね、善徳女王というドラマの中で、思わず考えてしまう「if」はありますよね。
・・・・・とか、・・・・とか、・・・・とか。
ワタクシが一番考えてしまう「if」は、トンマンを育てたのがソファでなければ・・・ということなんです。

「ムンノが育てれば」という可能性はいつも考えてしまう。ピダムとともに成長したのであれば、トンマンもピダムも、孤独な子ども時代を経なくてすんだのに・・・とか。
(ここでまたまたピダムファンの抗議の声・・・。トンマンはソファがいたから孤独じゃないって???だから、違うでしょ。自分の犠牲になって母が死んだ後、砂漠を越えて旅する少女ですよ。そのどこが孤独じゃないっていうんだ。つらくて寂しいに決まっておる!・・・断言)

そういえばミシルも、「ムンノに連れ去られなければ、私が育てていたでしょうに」なんて言ってましたね。
初見でその台詞を聞いたときには、ちょっとギョッとしました。そういう可能性もあったのか?? そうなると、トンマン、どうなってたんだ?
いやあ、聖骨でミシルなみに賢いとなれば、どんな幼子でも即刻ミシルに殺されてしまいそうですが、もしミシルの手元でトンマンがすくすく成長していたら・・・?
これ、ミシルが生んでムンノが育てたピダムと同じくらい、矛盾に満ち満ちた子どもに育っていそうですね。
・・・ううん。ちょっと想像するのが怖くなってきましたのでフェードアウト。

王と王妃がトンマンを捨てずに普通に育てていたら?
チョンミョンと同じように、なんとか頑張ってミシルに対抗しようと苦しんでいたかしら。ひょっとして、か弱い実父母はちょっと置いといて、常にミシルの後を追ってちゃっかりミシルに学ぼうとしていた?セジュの方が王室の大人よりも面白いじゃん・・・とかって。
実父母に育てられた方が、ミシル陣営に組み込まれる可能性が強くなってたりして。
ううん・・・ミシル勢力と一緒に卓を囲むトンマン・・・?・・・やっぱ、ありえないですね。

結局、ソファが育てたのだから、あんまりこういう「IF」は意味ないんですけどね。

でもワタクシ、誰が育てても、ソファに育てられるよりはよほど気楽だっただろうと思えてならないんです。
だってね。タクラマカン砂漠の端っこに行き着いたトンマンの暮らしって、どんな風だったかなって考えてみてください。
きっと、頑張っただろうなあ・・・・。そこまでの生活はすべて逃避行。根を張ることのできない、流浪者の暮らしだったのでしょうから。
ソファは身体が弱いです。ようやく砂漠で母娘の居場所をもったときでも、賢いトンマンは、母ひとりに苦労させることはしなかったでしょう。
物心がつく前後からすでに守られる立場ではなく、か弱い母を守る娘として、十分に働いたんだと思うんです。
宮廷に戻った後のソファが、王や王妃と再会した場面で言います。
「(トンマン王女は)いたらない私を助けるために、男のように大人のように育ってきました。陛下からお預かりしたのに、実際は王女様が私を守ってくださった」
これ多分謙遜ではなく、言葉の通りだと思います。そういう子でしょ、トンマンは。

そう考えたとき、トンマンにとって甘えることのできる身内って、どういう存在だったんでしょうね。

チョンミョンにしたってそうです。
全面的にトンマンを思い、柔らかで穏やかな優しさと、母性に通じる強さで彼女を守ろうとしたけれど、結局彼女もまた、トンマンのために死ぬことになった。
彼女が生きていたときに受けた愛情ゆえに、トンマンはそこからさらに、非情な道を進まなければならなくなった。

砂漠から新羅へ旅したトンマンは、「母の死の理由を知りたい」という一心で王宮にたどり着き、命を狙われ危うくなるギリギリまでそこに留まりました。
ユシンと共に新羅を捨て新しい自分になろうとしていたトンマンは、チョンミョンの死の無念ゆえに、また新羅に、王宮に戻る決意をしました。
トンマンを甘く、幸せにする女性たちはいつも、トンマンを厳しい道へ、厳しい道へと押し出します。

トンマンって時々、情けないくらい乙女になってしまう場面があるでしょう。
たとえばチョンミョン王女とのエピ。洞窟での再会からチョンミョン王女の死まで。とにかく王女と抱き合ってばかりで、気力なく縮こまってしまうトンマン。
それから、生還したソファと再会した後の、ソファに対する一連の態度。再会直後の泣き方も子ども子どもしていたと思ったら、声のトーンも上ずって歩調もスキップ調。添い寝を求める場面もありましたっけ。
胎児が身体を丸めて羊水の中に浮かぶように、女傑トンマンにも、時々こういうシーンが挿入される。
ピダムについて「親の愛情を知らないから少年の部分が抜けきれない」という感想をよく聞きますが、ワタクシ、これ、トンマンにも当てはまると思うんです。
トンマンの場合は「愛情を知らない」ではなく、愛情を知っているからこそ喪失することの怖さを強く抱く。そのために少女らしさが抜けきれないんだと思います。
これはつまり、「自分は何者か」という命題を常に抱いている二人に共通の要素ですよね。
この点は、ユシンやアルチョンと比較するとよくわかる。
ユシンやアルチョンは親や家という存在が確固としていて、その存在に欠落感も喪失感も伴わない。だから「自分は何者か」という不安が少なく、成長の過程にのっとって大人になってゆける。

だから、トンマンにとって身内の愛情とは?・・・って考えてしまうんです。
ワタクシ、どうにも、ソファやチョンミョンがトンマンの存在のベースになるほど安定した気持ちを与えているようには思えないんですよ。

あ、そういえば、実母のマヤ王妃もいらっしゃいましたね。
この方もまた、トンマンにとっては、自己犠牲を惜しまない豊かな愛情を示してくれた方でした。
しかし、その愛情がわかっていながらソファやチョンミョンほどには心を開けないトンマンの様子は、主演の女優さんがきっちり細かく演じたおかげで痛いほど伝わってきました。
王妃がトンマンを思って泣き崩れるたびにトンマンが支えるのですが、そのときの表情がいつも微妙です。「あ、この人を支えなくちゃいけない!」と半ば自分に言い聞かせるように緊張している。
もともと捨てられた過去が拭えない上に、「自分はチョンミョン王女の替わり」「この人たちと幸せになるために戻ったわけではない」というトンマンの使命感が、彼女との関係を少し難しくさせている。
この人もまた、トンマンが安らげる胸ではないんだなあ・・・。

そういうトンマンの孤独を象徴する場面が、37話にありましたね。
ミシルの罠でユシンを失うかもしれないという恐怖に捉われたとき、トンマンを心配して二人の母が慰めようとします。
王妃が部屋に行って声をかけようとしたときは、トンマンはきりっとした表情で話題を変えました。「チュンチュのことが心配です」実母には、弱音、本音を見せることができません。王妃もそれを感じて寂しく思ったことでしょうね。
もうひとり、ソファは、チュクパンが市場で買ったという西洋人の木彫り人形をもってトンマンを慰めようとします。
懐かしかった砂漠の暮らしとカターンおじさんを思い出し、ユシンを失いそうな今の気持ちに戻ってトンマンの目から涙が溢れるんですが、でもね、ここでもトンマン、100パーセントの弱音でソファによりかかるわけではありません。
自分の涙を見せながら、「つらいわ」と言いながら、笑うんです。笑い泣き。
かえって自分の気持ちを封じているようで、痛々しい場面でした。
結局このエピで、本当の意味で自分を露にして泣けたのは、ピダムの前だけでした。
そのときだけは、緊張も、繕う笑顔もなく、止まらない涙に本気で身を委ねていた。
ただ居合わせて、トンマンのユシンを思う言葉に自分も複雑になりながら、さて、どうしたものやら・・・といったピダムの表情もまた印象的な場面でした。

長々と書いてしまいましたが、まあ、いつもの戯れ言です。
トンマンは「孤独な子ども」的要素だけで成り立っている女性ではありませんから、こんなこと強調するのは邪道かもしれないと思いながら、それでもね、彼女目線でドラマを観るとき、ワタクシにはどうしてもはずせないんです。
実母、ソファ、チョンミョンという存在の過酷さを考えてしまうんです。
その愛ゆえに「トンマンは恵まれている」という感想を聞くたび、ワタクシはちょっと違うなあということを、繰り返し、違う言葉で言いたくなってしまうんです。

トンマンは砂漠の果てから来た少女なんですけど、新羅こそ、砂漠から考えると果ての果て、最果ての国なんですよねえ。






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