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2011.11.05 *Sat*

ドラマ「南極大陸」に物申す!・・・と、映画「はやぶさ」「南極料理人」

まず、「南極大陸」に文句を・・・

録画したヤツを今視聴しまして、思わず文句言っちゃいたくなりました。
TBSさん、まずいですよ、これ。
史実となるエピ満載なのはいいですが、感動を押し付けまくるような演出を連打したら、本当のことも全部嘘みたいに見えちゃうじゃないですかぁ。

たとえば第1話。
諸外国にも、自国の政府や経済界にもバカにされていた日本の南極観測計画が、報道の介入で、敗戦後の貧しさにあえぐ国民の夢となっていくのは史実ですよね。
一般労働者や青少年らが草の根的に募金運動を広げ、当時のお金で1億4千万円以上の額を集めたと言うのは、確かに、歴史的な奇跡なんだと思います。
でもね、その事実がすでにドラマチックなんだから、その上子どもと動物使って泣かせようと頑張っちゃうと、話そのものが浮き足立ってなんだか「つくりもの」じみてしまいます。

第2、3話も。
主役のキムタク一人にエピをふりすぎてチームとして全然回ってないですよ。
宗谷が氷に閉じ込められたり、ブリザードに襲われたり、犬同士の統制がとれなくてトラブったり、とにかく見せ場がどんどん展開するんですけど、間というものが全くない。
大事件の箇条書きみたいになっちゃってます。
ドラマとして流れがないから、極地を目指す人たちの暮らしも活動も思いも伝わってこない。
(なんであんなに簡単に越冬に志願するんだ?)
せっかくあれだけのキャストを揃えているのに、一発芸みたいなキャラづくりではなく、生きた人の感情や知性で話をつないでほしいです。

まだ3話しかみてないけれど、残念でたまりません。

次に、映画「はやぶさ」を褒めます

それを思うと、同じサイエンスフィクションでも、堤幸彦監督の映画「はやぶさ」はよくできてたなあ。
制作する人たち皆が、実在の人物や出来事を尊敬してフィクションを構成している。
だから、人間の感情でどたばたすることなく、宇宙にかける夢やら、科学者の生き方やら、「はやぶさ」の存在やらがきっちりと見えてくるんです。
キャストは皆、実在するスタッフの完全コピーを求められたということですけど、それが正解でしたね。

「はやぶさ」は、太陽の裏側にある小惑星に探査機を飛ばし、その欠片を地球に持ち帰ろうという世界初の計画ですが、壮大な割りに、ごく普通の役所のようなビルで、日常業務をこなすように淡々と遂行されます。
打ち上げ、見守り、トラブルに対処し、生還を待つ。
スタッフはみな、相次ぐトラブルや小さな成功など、ひとつひとつの出来事に一喜一憂することなく、自分の現場で最善を尽くす。
余計なエピソードは、いりません。
スタッフが働いている現場を写し撮るだけで、きっちりと一人ひとりの役割や個性、チームの形が見えてきました。

主役は竹内結子となっていますが、違いますね。ありゃ、主役は「はやぶさ」です。
その主役は宇宙の彼方にいて、キャストは皆、動かない味気ないビルの中で淡々と仕事をしているだけ。
地味な映画です。
それでも、時々の感情は豊かに伝わります。
☆打ち上げ成功の喜びや安堵感
☆目標の惑星に到達したときの緊張とトラブルに遭遇したときの混乱
☆宇宙の果てで通信が途絶え「はやぶさ」を見失ってしまったときの焦りや絶望
☆それでも諦めずに周波数を変えながら通信を続け、ついに迷子の「はやぶさ」を見つけたときのにじみ出てくる喜び・・。
☆そして、最後に、帰還。打ち上げから7年を経過して戻ってきた「はやぶさ」への、溢れる思い。

地味な作業を積み上げた上に実現したものだからこそ、これらの情感が、じわじわひしひしとこちらに伝わり、広がっていく。
映画全体が、最初から最後まで「はやぶさ」に向かっているからこそ、無機質な「モノ」であるはずの宇宙探査機が、命ある主役として立ち上がってくるんです。

ここでもう一度、「南極大陸」を考え直します
まあ、あちらは映画で「南極大陸」はドラマ。
スポンサーの制約もあるだろうし、全10話の中に、1次隊どころか2次隊の話まで入れなくちゃいけないみたいだし、開局50周年記念だとかで失敗できないみたいだし、力が入るのは仕方ないですね。
「はやぶさ」みたいに、ほんわりと地味に作るわけにはいかないのかも。
でも、それにしても・・・と思ってしまう。
キャストは皆、ものすごく怖い顔をしてますね。緊張しきってる場面が多い。
でも、観測隊の資料本などを見ると、そこに挿入されている1次隊メンバーの写真は、ほのぼのしているものが多いですよ。

冒険とか、未踏とか、人類初とか、そういう歴史を描こうとすると、大掛かりに考えすぎちゃう傾向にあるけど、実際に携わっている人たちの仕事って、単調な日常の積み重ねがほとんどじゃないですか。
そういうことを大事にしながら、「誰が主役か」ではなく、「何を中心に語るべきか」に絞って、1話1話を密に構築してほしかったなあ。
フロンティアとして最初に南極に乗り込んだ隊員、隊員たちを送り出すためにあらゆる努力をした技術者や科学者や役人、「宗谷」に関わるすべての人たちなどなど、大切に表現すべき対象は、役者の感情や境遇以外に、南極を舞台にするからこそ表現できる大きなものがあると思いますよ。
とにかく、真実らしい語り方で、極地研究のことを伝えてください。
(言い切りの、上から目線感想です。戯れ言・・・と言いたいけど、珍しく、真剣に怒ってます)

ちょっとおまけに、「南極料理人」のこと

「南極大陸」を観ていて、もうひとつ思い出した映画「南極料理人」についても一言。
あれはゆるい映画でした(あ、堺雅人、これにも出てるぞ)。
笑いのセンスがとても良かったので、たくさん笑って、「ああ面白かった!」で終わった映画でしたけど、「南極大陸」を観ていると、実はあれもリアルな映画だったんだなあと思えてきました。

あれは、1997年の越冬の話です。昭和基地よりさらに離れたドーム富士基地の話だから、人数もごく小数。10人もいなかったと思います。
時代が新しいので、1次隊に比べて安全が保障されてはいました。
が、それでも閉鎖的な空間で、少ない人数による単調な日常業務ですから、、食事だけが楽しみになっている隊員の様子はコミカルながらリアルです。
高良健吾がブリザードの中で、「渋谷とか・・・いきてぇ・・・」と呻くシーンは、ほんと、おかしかった。
インスタントラーメンが尽きて半狂乱になる気象学者のきたろうさんとか。
思い出せば、全部、クスクス笑える場面ばっかりだなあ。

主人公の料理人・堺雅人さんが、娘の抜けた歯を大事に身につけていたのに、それを氷の穴に落としてしまっていじける、という場面は秀逸。ものすごく滑稽なのに、家族への思いがにじみ出てきちゃう。

時がたつにつれ、段々、髪がボサボサになり、ヒゲもみっともなくなり、メンバーの中でお母さん、お父さん、おじいさん、長男、次男、三男、ただの居候・・・みたいな役割分担が自然とできて家族みたいになっていく。これも、おかしいけどリアル。
・・・うん。あれは、いい映画だったなあ。
なんだか、間の抜けたおかしさでクスクス感に満ちた「南極料理人」の方が、切羽詰って緊張感ばっかりの「南極大陸」より、リアリティを感じるぞ・・・。

そういえば、ついさっき(5時間前のYAHOOの報道)、南極の氷床に裂け目が確認され、巨大氷山が見られた、とNASAが発表してましたね。
今頃昭和基地では、この事実確認で大わらわなのかしら?
でもね、決して、「なんだって!」「大変だ!!!」なんて声を荒げるようなことなく、「おやおや」「そりゃ面白いねえ」なんていいいながら、日常のペースで調べているんだと思います。
それが、現実ですから。

宇宙開発も、極地研究も、深海探査も・・・、理解されてこその発展ですから。
そういうものを表現する制作陣の方々とそれに出資するスポンサーの方々には、ぜひとも、賢く、鋭く、謙虚に頑張っていただきたいですね。
よろしくお願いしますよ。




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