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2011.11.16 *Wed*

「トンマンの幼すぎる恋・・・ユシンがどうしても父か兄に見えてしまう理由」

なんだか腑に落ちない、消えない違和感がありまして。

トンマンの、ユシンに対する恋心・・・って奴です。
彼女、本当にユシンに恋をしていたんでしょうか。
2度みても、3度みても、最初から最後までどうしてもそうは思えない。
もちろんこれは、ワタクシのごくごく主観的・感覚的なものであります。
ドラマとしては、ちゃんと恋する相手として描かれていたんだと思います。
でもだからこそ違和感・・・というか、変な感じ・・・といいますか・・・。

(で、ここからまたまた、私的独断妄想ワールド。いつもの戯れ言ながら、本日はさらに拍車がかかっております。)

ユシンは確かに、トンマンに恋をしていたと思います。
なんといっても、女性と知りながら郎徒として傍に置いていたわけですから。
相当な堅物のイメージがありますが、トンマンに関しては王宮の規則よりも「こいつを手放したくない」という思いを優先させている。
この時点ですでに淡い思いがあったんだろうと思うんです。
19話から29話にかけて(王宮脱出と逃避行・チョンミョン王女の死・復耶会との接触からトンマン復権に至るまで)、役者さんの好演もあって、トンマンへの愛が溢れていました。
オム・テウンさんの愛情表現、なかなか魅力的ですよね。
クシャッと顔を歪めて、本当にどうしていいかわからない、という・・・なんともいえず情けない表情をされるでしょう。
人としての誠実さと不器用さ、思いの深さも伝わってきて、決してセクシーではないけれどなかなか素敵な愛し方でした。

考えてみると、トンマンって、ユシンに愛される要素満載なんですよ。
ざっとあげてみますと・・・
☆ 少女の時代から自分の保護下にあること。
☆ たった一人で秘密を抱えながら頑張っていること。
☆ 共に危機を乗り越えるという共有の体験があること。
☆ トンマン自身は非力なんだけど、自分にはない発想力で力を与えてくれること。
☆ 捨てられた王女という身分が発覚してからは、さらに哀れな存在として「守ってあげなければ」、という気持ちにさせちゃうところ

人をひきつける強い生命力を感じさせるかと思えば、弱く孤独な頼りない存在にもみえる。責任感の強い、情にあつい男ならば、「こいつには俺しかいない」と思い込んじゃうのも仕方ないかもしれません。

では、トンマンにとってユシンはどんな存在か。
そりゃあもう、「絶対無二の万能スーパーマン」ですよ。

たとえばね。
☆少女時代は、年の近いかけがえのない友人ですよね。
特に、母を亡くし、放浪していた孤独な時代だったからなおのこと。
最初のうちは色々と誤解があったものの、やがてお互い自分にないものに惹かれあい、行動を共にしながら補い合う・・・。成長期に必要な仲間関係が成立していたような気がします。
☆郎徒時代においては、チームリーダーであり、兄であり、時には父の役割も・・・。
だって、トンマンはきちんとした家庭に育っていませんから、礼儀や作法、新羅の社会通念も含め、様々な角度でユシンに躾けられたのではないでしょうか。
砂袋による特訓も、身の守り方をしっかり身につけさせるためでしょう。
これはもはや、スポーツ選手にとっての所属チームの監督。まさに保護者の立場ですよね。
☆そして、最も危機的状況にあっては、自分に強い思いを抱いて守ってくれようとする恋人。家も国も捨ててとにかく一緒に逃げようとしたユシンの気持ちは本物だったので。
☆そして、トンマンが復権し王宮にもどってからは、政治の王道を貫き裏切らない忠臣
三韓一統を為すための最も重要な将軍として、また、王となるまではトンマンを決して甘やかさない厳しい側近として、実力を発揮しています。

友人であり、父・兄であり、師であり、恋人であり、忠臣でもある。
孤児・トンマンが得られなかった様々な愛を、その時期その時期に、必要な形にかえて与え続けた人だったとしたら、それはまさに、「万能スーパーマン」ですよね。
(あ、でもね。スーパーマンの割りにはユシンって、トンマンの根本的な救いにはなってません。むしろ、トンマンの方がユシンを救っているんですが、トンマンに救われているという自覚もあまりなさそう・・・。この、ユシン独特のオトボケキャラについては、後日また・・・)

つまり、トンマンにとってのユシンとは・・・・
少女時代は保護者として大切な人だったでしょう。
仲間の絆や身内のような愛など、トンマンに欠落していたものを与えてくれた人です。
「駆け落ちしよう」と言われながら逃げていたときは、絶望の中にあって、彼の愛の告白が一筋の光明だったでしょうし、ときめきも感じたでしょう。
王女時代、そして女王時代のユシンは、それこそ右腕。政治のピースとして絶対に欠かせないだけではなく、自分を叱咤し、正しい道を一緒に模索する政治家としての、自分の一部でもあった。
ユシンがよく「共に歩む」といいますが、トンマンの最期をみとるまでずっと同行者であったことを思えば、二人が強い愛で結ばれていたことは間違いないと思います。

でもね、それでもやはり、ワタクシは、ユシンがトンマンの恋人だったとは思えない。

理由の第一は、ピダムの存在でしょう
逃避行中のトンマンに出会ったピダムは、その感性と行動で、最初からトンマンの波長にピタリと寄り添っていました。
最初から一緒にいるユシンよりも、トンマンの思いを受け取り、理解し、先を読んで行動に走る。実に見事な片割れっぷり。
ワタクシ的には、こういうリズムと感性のやりとりこそが「連れ合い」とか「半身」というのにふさわしい感じがして、トンマンの相手はこっちなんだと、最初の視聴のときからイメージができてしまったんですよね。

理由の第二は、トンマンとユシンの間に時々存在する「ずれ」みたいなもの
たとえば逃避行の最中も、「新しいお前を作ってやる」「私はお前を選んだんだ、一緒に新羅を出よう」と決死の覚悟ですが、あまり現実味がない感じがしていました。
なにせ、いいお家のお坊ちゃんで、身分も家柄も確固たるものがあってこそ力を発揮するタイプです。
切羽詰って他に方法がなかったから「駆け落ち」なんてガラにもないことを考えちゃったけれど、逃げるための具体的な方針はありませんでしたね。お金も持ってなくて、どこかで調達する手立てもなくて、敵に追われちゃうと隠れるしかなくて・・・。
郎徒を率いて王宮にいるときと違って、どうも頭が働いていない。やはり、家も国も捨てて放浪するというタイプじゃない。

あれじゃあトンマンも、「わかった、あなたについていく」という気にはなれない。
あなたの生きるべき場所は王宮でしょう、どうぞ帰ってください、と思うのは仕方ないことです。
そうなんです。トンマンはあのとき、「ユシンと一緒に逃げたい」とは思ったけれど、「逃げよう」とは決意しませんでした。チョンミョン王女にお返しします、と約束しています。
あの時点でトンマンは、ユシンのことを「共に生きるべき存在」とは思っていなかった。
ユシンの思いとトンマンの決意には、すでにギャップがありましたよね。

チョンミョンの死後ソラボルに戻ると決意したときも、トンマンはユシンを誘いませんでした。
存在してはならない姫を認めさせるのです。手段を選んではいられない。・・・そういうことにユシンを巻き込みたくない、と思っていた。
ユシンを大事に思っているからこその遠慮と思いやりですが、それが離れようとする選択であるなら、「共に生きるべき存在」ではないんだなぁとつい勘繰ってしまう。
むしろ出会って間もないピダムを、確信をもって誘っていました。
もちろん、共に生きるという重い意味ではありません。ただ「役に立つかも」という程度。コマとして使えるという大前提ではあります。
が、自らも歴史のコマになろうとしているわけですから、その意味ではやはり、一緒に行こう、一緒にやろう、一緒に生きよう、という意味に近い誘いですよね。
やはりわずかな時間の中で、ピダムに通じるものを感じたのは間違いないと思います。

さて、トンマンにユシンへの恋心を感じられない理由の3番目
ユシンを失いそうになると、トンマンが子どもに返ったように動揺してしまう点です。
ミシル勢力の策略でユシンがあちらに取り込まれそうになるときと、ミシルの乱でユシンを残して王宮を脱出する場面が顕著ですね。
目が泳いで声が上ずり、とめどなく涙を流す。
ソファやチョンミョンを失うときのトンマンと同じです。
それを見るとやはり、ユシンは、恋人というより「身内」だと思ってしまう。
本来は天涯孤独な流浪者である自分を、都につなぎとめ、社会的に意味のある存在にしてくれる人たち。
この土地、この世界に根をはって、自分をつかまえてくれる人たち。
名を失う前の自分を知り、覚えていてくれる数少ないこの世の存在。
その存在の代表格が、ソファ・チョンミョン・ユシン・・・この3人。
ワタクシ、恋をするというのは、これまでの生育暦や価値観から自由になって、他者を受け入れることで新しい自分を見つけ、自立することだと思っているんですよね。
でも、この3人を失って泣いてしまうトンマンを見ていると、迷子になって途方にくれている未熟な幼子のように思えてしまって、そこに「恋」が感じられない。
やっぱりユシンは恋人じゃない。トンマンにとっては、「兄」であり「父」みたいな人なんだと思ってしまう。

もちろん、恋の形はひとつではないしワタクシの恋愛観が正しいというわけでもないので、ここで論じていることにあまり意味はないかもしれませんが・・・。
それでもどうしても、誰かに言いたくなっちゃう違和感・・・ってやつ。
くどいようですが、やっぱり、トンマンのユシンに対する思いは恋じゃないって気がしてしょうがない。

あと3回同じフレーズをかけば、すっきりするかなぁ。



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COMMENT

didi様、こんにちはーv
didi様とは結構意見が被らないこともあるので、そうすると自然と自分の意見が見えてくるなぁと面白がっている緋翠です、こんにちは!

実は、ミシルの時もコメントしたくてウズウズしていました(笑)
私はミシルの行動原理は全て「情」だと思っています。
「情」が強いので、真興大帝を盛大に暗殺しようとし(勅書を握り潰した以上、不要な行動です)、ピダムを真智王廃位の直前に捨てたり(真平王の后になろうとしているあの時点でピダムを不要と言い切れる政治的理由は皆無。大等にしたり将軍にしたり、ピダムには利用価値がある。不要になるのは、セジョンを王にしなければならない状況になった時)したとしか、説明できないんですよー。
なので、ピダムを息子と認めなかったのは「ミシルを捨てた男の忘れ形見」だからで、それでもミシル陣営の作戦からピダムを守って殺さなかったのは「血を分けた息子だから」ではないかと考えています。
そして、自分の情に従い行動を決めた後、それに即した怜悧な作戦を組み立てるのがミシルだと思いますー。まず、そう言う周囲の被害とか全く考えない「私情」ありきなところが、ピダムと一番似てるポイントだな、と。

……とまぁミシルはさておき(笑)、ユシンですユシン!

私が思うに、トンマンの対ユシン、対ピダムの態度で一番違うのは、「相手への頼り度」なんですよー。
んで、その頼り度は、相手の年齢に基づいているように見えました。

ユシンは見た目は老けていますが(笑)、言動は常に明らかに「若い、青い」です。トンマンからすれば、たまに「凄い」と見直すことはあっても、ベースは、「上官だからと肩肘張ってるのが見え見えな年下男」です。
ユシンがどう見ても余裕ゼロだから、トンマンはユシンといる時は基本的に強がり、本音はさらけ出しません。ユシンが結婚すると言う時も、泣きはしてもあくまで突っ張り食い下がらなかったくらい、トンマンはユシンに対して「甘え」を見せないんです。トンマンは「年上」だから、ソファとの暮らしで培われたしっかり者の長女気質が前に出て、ユシンに対して精神年齢を低く出来ずお姉さん振る……んじゃないかなと。

物凄く勝手なイメージなんですが(笑)、私はトンマンとユシンを見る度に、『高三女子(書記)と高一男子(部長)の恋』と思ってしまいます。
二歳差なんて二十歳超えれば大したことはありませんが、十代の時は大問題だよなぁ、と。特に、ピダム(大学一年)が出てくると、高一男子はいくら部長だろうと青さ全開になっちゃって、そりゃあ高三女子は大学一年の方を頼るよ、と頷いてしまうんです。トンマンが最初からピダムには頼ったのは、ピダムが自分より「大人」だったからだろうと。
勿論、高一男子もすぐに成長して年上二人に追いつきますが、若い頃からの知り合いだからこそ、公主時代(二十代)になっても、時に十代の頃の関係が反映されるんじゃないかなーとも思いました。そして、若い頃(十代)を共有出来なかったピダムが今度は拗ねる、と言う(笑)

……なんてツラツラ考えると、私は、トンマンにとってユシンとのあれこれは、「青春時代の恋」と言う名で括れる美しい思い出みたいなものではないかと思うんです。
例えば、ミシルとサダハムだって、本当に人生を懸けた恋なんかしてなかったと思うんですよ。若かったから、恋している自分に純粋に酔えて、ヒートアップしちゃっただけで。でも、年を取ってから思い出すと、そう言う初恋は、大人になった自分にはもう出来ない『恋』だから、やけにキラキラして愛しく思えるものです。
トンマンとユシンは、ミシルとサダハムの対になるものだと私は感じました。若いからこそ出来る、ガーッと燃えるだけの恋だったと。

でも、不幸なことに(笑)、トンマンはそう言う恋をするには老け過ぎていた気がします。
若い頃は、ただでさえ女の方が精神的に大人になりますから、トンマンとユシンの精神的な年齢差は、実年齢差の倍以上あった。だから、トンマンは恋だけに燃えたり恋する自分に酔ったりすることが出来ず、ユシンとはかなり温度差があった。
それは恋してるしてないと言うより、すでに「分別」を持ってしまっているか、いないかの違いだったように見えました。

……えーと、と言うわけで、私はトンマンはユシンに十代特有の「恋」はしたんじゃないかなぁと思っています。
ピダムとしたような、人生の伴侶を決める為の「恋」ではなく、ライバルとの戦いに燃えるように、溢れる血潮をぶつけ合う「恋」をユシンとはして、でもそう言う「恋」は大人になったら出来ない恐ろしく脆いものなので、続かなかったんだろう……と、ロマンチに考えました(笑)

第一、高三女子が、高一男子を「部長」としては頼れても、「駆け落ち相手」とは見なせないのは当然ですよねー。普通、「18歳のアタシの稼ぎで食わせられるか? や、それ無理無理。家に帰らせなきゃ」と考えます(←ちょ)


と、ウダウダ失礼しました。didi様の参考になれば嬉しいですv
2011/11/17(Thu) 12:41 | 緋翠 #3GLxEfT. [Edit
Re: didi様、こんにちはーv
緋翠様、いらっしゃいませ!!!

最近、パソコンの争奪戦に破れ続けて、なかなかお返事も更新もできずにおります。
が、忘れずにコメントいただいて、ありがたいです。

でね、今回いただいたコメの中で、ツボだったのが、

> 私はミシルの行動原理は全て「情」だと思っています。

ここ。この一文。
ああ、なるほど、と思って、色々な場面を思い返してみると、
そうですよね。ああ、本当にそうだって納得。

>「情」が強いので、真興大帝を盛大に暗殺しようとし(勅書を握り潰した以上、不要な行動です)、ピダムを真智王廃位の直前に捨てたり(真平王の后になろうとしているあの時点でピダムを不要と言い切れる政治的理由は皆無。大等にしたり将軍にしたり、ピダムには利用価値がある。不要になるのは、セジョンを王にしなければならない状況になった時)したとしか、説明できないんですよー。

うんうん。言葉って不思議です。
「情」と、ひとこと言われた時点で、ミシルの冷酷さやあのオーバーアクションぎみの表情ひとつひとつがより意味をもって浮き上がってきます。
ただ、「情」で動かされながら、状況を自分の思うままにコントロールしてきたんだと思うと、ミシルの恐ろしさがさらに強くなる感じがします。

> そして、自分の情に従い行動を決めた後、それに即した怜悧な作戦を組み立てるのがミシルだと思いますー。まず、そう言う周囲の被害とか全く考えない「私情」ありきなところが、ピダムと一番似てるポイントだな、と。

そうかぁ。ワタクシね、ミシルとピダムって、似てると思っていて。
で、それがどんなところなのか、ちゃんと整理するために文章にしようと思ったんですが、緋翠様のひとことをいただくと、ほんと、明確になりますね。
情で動く、冷静非道な策略家・・・。やっぱ、善徳女王、面白いですわ。

> ……とまぁミシルはさておき(笑)、ユシンですユシン!
>
> 私が思うに、トンマンの対ユシン、対ピダムの態度で一番違うのは、「相手への頼り度」なんですよー。
> んで、その頼り度は、相手の年齢に基づいているように見えました。

ここも、ワタクシ、おお、そうきたか・・・と。
緋翠さまの解説って、余計な雑音に惑わされずに物語りの本筋というか、脚本の芯を引っ張り出してくださるので、オムテウン氏のふけたユシンにすっかり惑わされているワタクシには新鮮。
なるほど。その視点で、もう一度見直してみましょうか。

> ユシンは見た目は老けていますが(笑)、言動は常に明らかに「若い、青い」です。トンマンからすれば、たまに「凄い」と見直すことはあっても、ベースは、「上官だからと肩肘張ってるのが見え見えな年下男」です。

ここは、でも、やはりワタクシ、役者さんを通してみてしまうので、ピンとこないんです。
どうしても、ユシンの方がトンマンより余裕があるように見えてしまう。
特に、郎徒時代のトンマンは、男装でしょう。
たとえ年下でも、女性であれば男性より大人に見せることはできますが、トンマンの場合は、ユシンより年上でしかも男の子、という二重の無理があるわけで・・・。
でも一度、この視線できっちり再視聴してみようかな、と思ってます。
そうすれば、

>ユシンが結婚すると言う時も、泣きはしてもあくまで突っ張り食い下がらなかったくらい、トンマンはユシンに対して「甘え」を見せないんです。トンマンは「年上」だから、ソファとの暮らしで培われたしっかり者の長女気質が前に出て、ユシンに対して精神年齢を低く出来ずお姉さん振る……んじゃないかなと。

という部分も、見えてくるかなぁ。
まずは役者ありき、というワタクシの視聴では、この部分はちょっとまだ理解できず・・。

> 物凄く勝手なイメージなんですが(笑)、私はトンマンとユシンを見る度に、『高三女子(書記)と高一男子(部長)の恋』と思ってしまいます。
> 二歳差なんて二十歳超えれば大したことはありませんが、十代の時は大問題だよなぁ、と。特に、ピダム(大学一年)が出てくると、高一男子はいくら部長だろうと青さ全開になっちゃって、そりゃあ高三女子は大学一年の方を頼るよ、と頷いてしまうんです。トンマンが最初からピダムには頼ったのは、ピダムが自分より「大人」だったからだろうと。

これ、受けちゃいました。
でも、役者さんの印象としてはピダムの方が子どもに見えちゃう。
このギャップもまた、楽しめってことですかね?

> ……なんてツラツラ考えると、私は、トンマンにとってユシンとのあれこれは、「青春時代の恋」と言う名で括れる美しい思い出みたいなものではないかと思うんです。
> 例えば、ミシルとサダハムだって、本当に人生を懸けた恋なんかしてなかったと思うんですよ。若かったから、恋している自分に純粋に酔えて、ヒートアップしちゃっただけで。でも、年を取ってから思い出すと、そう言う初恋は、大人になった自分にはもう出来ない『恋』だから、やけにキラキラして愛しく思えるものです。
> トンマンとユシンは、ミシルとサダハムの対になるものだと私は感じました。若いからこそ出来る、ガーッと燃えるだけの恋だったと。

そうなると、ワタクシの父か兄に見えてしまう感じとは全然違う話になっちゃいますね。
それも非常に面白いです。
いえね、ユシンとのことは、トンマンには思い出となる美しい恋だったと思います。
頭ではそうやってわかっているんですが、それでもどうしても、大切な身内の、肉親としての愛情をもった男性に見えてしまうんですよね(あくまで、ワタクシ的に、ということで)。
頭でわかっている感じと、実際の印象がちぐはぐなので、どうも、違和感・・・ということで、ここに記事にあげさせていただきました。

>高一男子を「部長」としては頼れても、「駆け落ち相手」とは見なせないのは当然ですよねー。

・・・って、これまた爆笑。
かなり納得の一文。
そうそう。ユシンって、「部長」のイメージあります。
ここんとこは、トンマン同様、ワタクシも、「駆け落ち相手」とはみなせません。

ちょっと事情があって、以前のようには記事を上げることができなくなりました。
でも、ペースを決めてまた、善徳語りは続けたいと思うので、そのときはおつきあいくださいね。
緋翠様にばっさり切られるのってもう、快感以外のなにものでもありませんから。
2011/11/19(Sat) 11:42 | didi #- [Edit
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2011/12/26(Mon) 21:33 | # [Edit
Re: 届くかな?
めいこ様

 コメ、ありがとうございました。

 本欄にも書きましたが、めいこ様のコメントのおかげで、ちょっと前の幸福な自分を思い出しましたよ。
(いや、今も、フツウに幸福なんですが、さらに幸福だった遊び心のある自分・・・とでも申しましょうか)

 ブログのことも、ピダムやトンマンのことも、思い出させていただいて、ほんと、ありがとうございます。

 いやはや、そうですか。ピダム、お好きですか。
 そういう方には、ワタクシメの文章なんぞ、失礼なことばかりなのではないかと、ちょっと冷や汗。

 いえね。ワタクシも、ちょっとはピダムへの愛を芽生えさせておりますよ。

 ただ、トンマンに対する思い入れが過剰すぎて、ちょっと偏っているという自覚はあります。

 ですからそれを正すためにも、めいこさまのその、「胸のうちのワヤワヤ」、うかがいたいですね。

 ワタクシにとっても、心のリハビリになりますゆえに。
 
 対話のチャンスを再び得られますよう、ワタクシも、ブログ復活に努めたいと思います。
 そのときは、ぜひ、一緒に遊んでくださいね。


2011/12/27(Tue) 18:04 | didi #- [Edit

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