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2012.03.09 *Fri*

日々、また世迷う・・・長女の帰省 成長度ゼロ

ほぼ1年ぶりに、大学生の長女が帰ってまいりました。

とにかく家が大好きで、家族が大好きで、札幌は天国だと信じていた子です。
いろんな意味で「ひきこもり」っ子でした。
それが、一旦家を出てしまうと意外なほど忙しい身となり、国内・外を旅してようやく家にたどり着きました。
普段活動的だった彼女の友人たちの方が、もっと頻繁に帰省を繰り返しています。

だから、ちょっとは大人になったんだろうと期待していたのに・・・・・!

帰省していきなり「テレビ、テレビ」とスイッチを入れ、何をみるかと思えば、NHK教育テレビの子ども番組。
(下宿先には、テレビがない。NHKの番組は、YOUTUBEにもあがらないのです)
そうでした。
受験期でドラマを封印しているときでも、朝と夕方の、このテの番組は欠かさない人でした。・・・忘れてた。
(内容かぶってるのに、なんで朝と昼、二回も観るのか理解不能。リアルタイムで観ることができない日は、弟に命令して録画させてまで毎日観てました)

帰ってきた弟が、さらに背が高くなっているのを発見した途端ムッとして、「ちび」という昔からの呼称を連発。
あまりも大人げない。
「その呼び方はないよ」と声をかけると、「だって6歳も年下だもん」という理屈。
「まあ、身長差は18センチもあるけどね」という、弟のクールな反撃に腹をたてて、さらに絡もうとする情けない大学生。

一緒にでかけたとき、弟より先にエレベーターのボタンを押すべくダッシュする姿に呆れました。
「あんた、まだそんなことしてんの?」
って聞いたら、友達と一緒のときには、そんなことはしないそうです。
弟と一緒にいると、なぜか闘志がわいて、エレベーターのボタンも、バスの降車ボタンも、すべて先に押さないと気がすまないんだとか。
・・・これはもう、立派に「5歳」のココロですね。
(「それは5歳児に失礼だ」っていうのは、次女です)
もちろん、弟の方は全然相手にしていないわけで・・・。

そういえば、昔、スーパーで配られていた風船を、息子は必ず受け取ってました。
小学生になって、自分がそんなものに興味がなくなった後も。
理由は、「姉ちゃんが欲しがるから」。
彼が小学生の当時、高校生ですよ、長女は。
高校生にもなって、風船を欲しがることはないだろうと思ってましたが、帰宅して風船をみた途端、「あ!」と目を輝かせて、弟の手から奪うように取り上げてました。
「ほらね」という、弟の無言のアクション。

思えば末っ子の彼は、ココロの幼い長女の面倒をみながら、キツイ次女の八つ当たりに耐えてきたのです。
おかげで、まれにみるフェミニストに育ちました。

久しぶりの長女をみて、いまだ成長できない幼さに心配を募らせましたが、一番心配なのは、自分の存在を消すようにひっそりと育ってきた弟の方かもしれない・・・。

なんにしても、姉ちゃんの滞在は1週間。
耐えてもらいましょうか。

あれ?途中から、息子の話になっちゃいました・・・?
















2012.03.06 *Tue*

漫画実写化の成否③・・・「のだめ談義」

・・・というわけで、「のだめカンタービレ」でございます。

これはダイジョウブ。ワタクシ、ちゃんとした原作ファンなので、堂々と語りましょう。
(注・ちゃんとした原作ファンとは、意図をもって何度も読み直したという定義で、よろしくお願いします)

この原作は、エンタメ作品がファンの心をつかむための3大要素が揃っています。

1.物語の軸となる専門性の高い素材がしっかり描かれている(この場合は、「音楽」)

2.インパクトあるヒロインを中心に、登場人物のキャラが立っていて明解であること

3.少女マンガ限定条件として、ヒロインの相手役たる男性が、王道の「ツンデレ」を極めていること

揃いすぎてて、文句のつけようがありません。

順番付けしておいて、3番目から語るのはなんなんですが・・・
実はワタクシ、少女マンガファンであるにもかかわらず、ツンデレ男が嫌いです。
横暴な男に対し、ヒロインがちょっとでも尽くすような、負けちゃうような場面が出てくるともうアウト。
それがどんなにいい男でも、途端にリタイアさせていただいております。
だから、ツンデレ男爆発傾向にある韓国ドラマを、最後まで観ることができない。
逆に、物語の早い段階で、ヒロインが突き抜けてくれて、ツンデレ男の俺様ぶりが気にならなくなったり、叩きのめされたりした場合は、最後まで視聴することができます。

その点では、「のだめ」の千秋くん。彼は、早い段階で合格でした。
だって、掃除と料理ができるツンデレですから。
のだめの部屋をきれいにする様をみながら、この「俺様」は許せる、と確信いたしました!(・・・ナニサマ?)
なにより、のだめに対する世話の焼き方がオリジナル。
無自覚・無意識のまま、ほとんど生理とか本能にしたがってのだめの面倒を見るように動けている。
(これは、のだめの音楽性と同じ波長。だから二人の対話場面は、畳み掛けるテンポになる)
他の物語で、こんな風に、DNAに刻み込まれたかのようにヒロインを守る相手役がいたでしょうか?
・・・千秋君・・・、素敵です。

他のキャラもいいですよねぇ。

峰・真澄ちゃんを筆頭とする初代Sオケチームは、常識世界から上手にズレて、のだめワールドの土台になってますし。
清良・菊池くん・黒木くんら海外組も、演奏家然としながら、ちゃんと、はっちゃけている。
フランク(・・・ふらんつ?)・ターニャ・ジャンらフランス陣営も、華やかながら適当に下世話だし。
なにより、年寄り連中の配置具合が絶妙。
ヴィエラセンセ、落ち専の谷岡センセ、ハリセン、峰パパ、シュトレーゼマン、オクレールさんに至るまで、みながきっちり役割分担して無駄がない。
(もっとひとりひとりについて、語りたいところですが。RUIとか、マルレオケメンバーとか、リュカとか?でも、そんなことしてると、善徳女王なみの章立てになってしまうので、涙をのんでスルーします)

そしてやはり、ヒロインのだめ。
もうね、最強。
トンマンに出会うまで、わたくしずっとテレビドラマにおける一番の男前ヒロインは、のだめだと思ってました。

・・・で、ここからのだめ語りです。

まずは、理屈抜きで存在そのものがすでに「音楽」。
千秋の世話焼きDNAと同じ波長で、無自覚・無意識・本能や生理のレベルで自然に沸き起こり存在する。
このサヴァンのような特殊性が魅力的です。
(でもまあ、この無自覚・無意識だけではピアニストとして成り立っていかない点が、ドラマのキモ。
そういう自分とどう向き合うか、音楽とどう向き合うかという話になっていくんですけどね)

次に、「変態」で生活能力ゼロという個性が、音楽的で作品に生きている!
その表情や行動が、軽やかでリズム感に富んだ楽しい調べのようでしょう。
ほんと、のだめって、本人が音楽そのものなんですよ。

さらに、強ずぎる感受性が引き出す多彩な表情。
ざっと分けても、ルンルンモード・どん底落ち込みモード・集中力過多の頑張りモード・そして大川弁によるブチギレやさぐれモードなど、面白くも切なく、切なくもあほらしいバリエーションで、物語をますますシンフォニックに盛り上げる。

・・・なぁんて、ちょっと音楽評論家佐久間さん風に語ってみましたが。

とにかく、のだめというオンナは、比類なき明るさ・淀みないボケ加減・強すぎる自我の三拍子で、作品の大黒柱として申し分なく立っております。
それが他のキャラを巻き込んで、大編成のオーケストラなみのインパクトを生み、我々を物語に引き込むわけです。

ドラマと映画の制作陣も、きっちりやってくれましたね。
玉木宏くん、最初はちょっと「老けてる千秋・・・」と危惧しましたが、なんのなんの。
美形で俺様でヘタレ。
テンションも具合良くて、いい感じでした。
パリで指揮者として成長する流れになると、実年齢と設定が合ってきた感じもしましたし・・・。

瑛太も良かったぁ。小出恵介ともども、そのまんま漫画の住人になれますね。

竹中直人も、あそこまでやってくれれば、イエスです。
映像の構成も、なにより、樹里ちゃんのヒロイン像も、すでにふっきれて「マンガ」になりきっていましたが、シュトレーゼマンのエセ外人ぶりもまた、すがすがしいほどでした。

上野樹里に関しては、別に章立てしたいほど、良かったです。
のだめで表現しなければならないことはたくさんありますが、すべてにおいて、かわいらしかった。
「可愛げ」というのは、重要ですよね。
特に、キレキレモードで音楽に集中している彼女は、顔の筋肉の痙攣から指先の緊張にいたるまで可愛くて、造形的で魅入られました。
・・・ただね。
この「のだめ」としての成功で植えつけられたイメージ、上野樹里としてはどうなんだろう。
大河ドラマ「江」の脚本家が、樹里ちゃんの扱いを間違っちゃったのも、「のだめ」ショックが原因ですよね。
でもまあ、上野樹里が、それほど「のだめ」を鮮烈に演じてしまった結果、ということなんでしょうけど。
作品としては、幸運なことなのかな。

最後に。
この実写化で、原作ファンとしての幸福を極めたのは、「音楽」でした。

物語に登場する音楽が、物語の進行にかぶって実際に聞こえてくるあの感じが、すごくよかったです。
のだめに関していえば、曲が、単なるBGMじゃない場合もあるんですよね。
リサイタルやコンサート場面での大曲はもちろんのこと、エピソードにかぶる思い出の曲、象徴の曲の場合でも、人物やストーリーより、音楽そのものが主役になるときがある。
特に、千秋の独白。予測不能なのだめに振り回されているときなんて、まさしく音楽の方が台詞で、千秋の台詞の方がBGMみたい。

実写映像が原作を上回るなんてことはない、と思ってました。
「のだめカンタービレ」を観るまで。
マンガの内容を一言一句漏らさず、すべての場面を拾い上げたとしても、無理って。
が、「のだめカンタービレ」の場合、実際に音楽が流れてきちゃうという反則技がありました。
これやっちゃうと、実写映像だって原作ワールドに並んじゃうのかもしれないなあ・・・って思います。
(いや、もちろん、演出と役者の演技があったこそ、の音楽ですけどね)

それにしても、この長い物語・・・。
連続ドラマ、スペシャルドラマ、映画の前後編という変則的な構成で、よく最後までまとめましたよね。
日本の音大時代をドラマでくくり、パリでの修行時代をスペシャルドラマでつなぎ、最後、二人の音楽事情と恋愛事情を映画の前後編でまとめるという荒業でしたが、全編、大事に創り上げている感じは、伝わってきました。

特に、「ベートーベン ピアノソナタ 悲愴」で二人が出会い、「モーツァルト 二台のピアノのためのソナタ」で、音楽的にも魂のレベルでも、ともに結びついていく場面。
原作同様、この場面を大事に扱ってくれたのは、嬉しかったです。

原作では、最終巻にこの二曲が再び登場します。
のだめを見失ってしまった千秋が、出会いと同じように、彼女の弾く「ベートーベン ピアノソナタ 悲愴」の音色で彼女を再び見つけ出す。
そして、自分の手に取り戻すために、もう一度「モーツァルト 二台のピアノのためのソナタ」の連弾を試みる、という、二人の歴史の重要な繰り返しのシークエンス。

二人の競演が終わったあと、のだめが、「これってフォーリンラブですか?」という台詞を言います。
原作第一巻・ドラマ第一話では、コミカルで奇異だったこの台詞が、原作最終巻、映画の後編ラストシーンでは、孤独や苦悩に耐えた後の、美しいひとこととなって、さらに二人を結びつける。
千秋・のだめを演じる二人の役者さんたちも、脚本を正しく「アナリーゼ」できていました。

後で気づいたんですけど、「悲愴」エピも「二台のための・・・」エピも、原作の背景は夕日ではないんですよね。
実写化の方で、最初と最後、両方とも美しい夕日の映像で統一していたから、原作の方も夕日の場面なんだと思い込んでました。
恐るべし、実映像。
原作の方を先に読んでいたのに、イメージをすり替え、塗り込められてしまっていた・・・。

でも、実写映像が原作と乖離していなかったからこそ、こういう勘違いもすんなり受け入れちゃうんですよね。

さて、のだめ談義は尽きませんね。
本当はまだまだ語りたいことはあるんだけど・・・。

最後に、実写映像に対して原作ファンが思う、「こうしてほしかった」というグチをひとつ。

実写ではスルーされましたが、体育会系熟女のピアニスト、ニナ・ルッツには、ぜひとも、登場してほしかった。配役は、ぜひとも夏木マリさんで!
シュトレーゼマン竹内直人VSニナ・ルッツ夏木マリの、漫画実写化対決。
漫画実写化における成功例のナンバー1、映画「ピンポン」の夢をもう一度・・・!
(・・・って、だれかわかってくれるかしら?)
 ちなみに、千秋くんのお父さんも実写でみたかったです。
 やさぐれた雅之さんに、役所コージなんて・・・いかがでしょう?



2012.03.03 *Sat*

漫画実写化の成否②・・・「花男談義・ヒロイン最強説」

間髪入れずにいきましょう!

日本版「花より男子」が、上出来だった!!っていう話です。
(あくまで、ワタクシの個人的な意見として)

その勝因はなにか。
ヒロイン、井上真央の大当たりってことですよ。


・・・ああ、すっきりした。これを言いたくて「花より男子」をいじってるんですから。

ずっと思ってたんですよね。
花より男子を語る人たちに対する不満。

道明寺や類については、こだわって熱く語るけど、大事なのはヒロイン
ここが話の要でしょ。

原作の漫画が成功しているのは、この「つくし」という人物造形が優れていたからだと思います。

彼女、ものすごくニュートラルなんですよね。
状況に応じてどうとでも揺れることができる。
揺れながらも、地に足がついているからそのキャラを壊さないでいられる。

だから、つくしの前では、F4が全員、自分を発揮できるわけです。

道明寺みたいに強引な純粋バカであっても、類みたいな引きこもり気味・自滅寸前のガラスの王子であっても、さらに身も心も真っ黒ながら意外にまじめで孤独な総二郎であっても、面倒見良すぎて振り回されがちなしっかり者のあきらくんであっても、みんなが皆、つくしの大きな器に受け止められてしまうわけです。

つくしほど、シンプルで、純粋で、無駄のないヒロイン像って、なかなかお目にかかれませんよ。

でね。
この、最も重要なつくしという役について、台湾版、韓国版、日本版と、各ドラマを比較してみたときに、一番当たっていたのはやはり、井上真央だったと思うわけです。

だって、バービースーとク・ヘソンは、貧しくて弱い女性としてのつくしの印象が勝ちすぎてますよ。
「陰」のイメージが強くて、つくし特有の女らしさを打破した生命力が伝わってこない。
あ、これ、女優さんの責任じゃないですよ。制作側の態度の問題です。

韓国版では、その傾向が顕著です。
(さて、ここからは韓国版のファンの怒りを買うこと必至です。不愉快な方はスルーしてください)

公式サイトを見ていただくとわかります。

キャスト紹介の順番が、まず、ク・ジュンピョ(道明寺)から始まって、F4が先に表記されています。
5番目にようやく、クム・ジャンディ・・・ク・ヘソンという紹介の仕方。
(・・・ざけんじゃねぇ・・・って思ってしまうのは私だけ?)
この制作陣の間違った認識が、ドラマにそのまま投影されます。
ようするにつくしは、いい男4人衆の引き立て役という扱いです。

なんだか、勘違いの様が目に見えるようです。
台湾版の成功をみて、「花より男子」という素材を、「いい男祭り」のように勘違いしたんでしょうね。
視聴率を上げるには、その男たちをどう見せるかが重要課題となった。
・・・で、つくしは、4人の男をよりよく見せるための道具に成り下がった。

ク・ヘソンは気の毒でしたね。
一番出番が多く、たくさんのキャラに対応しなくてはいけなくて、最も苦労の多い役柄だったと思いますが、彼女自身よりも、相手役の男性がきらめくように演出が進んだでしょうから。
彼女がどんな役者だか詳しくは知りませんが、どんだけいい男に囲まれても、決して気持ちのいい現場ではなかったと思いますよ。

いえいえ。勘違いしたのは、韓国のテレビの制作陣だけではありません。
日本の制作陣だって、相当に勘違いを重ねて、「イケパラ」だのなんだの、その後も節操なくイケメンだけ揃えて目を引こうとする駄作を作り続けています。

では、同じ勘違い現場にもかかわらず、日本版のキャスティングがうまくいったのはなぜか。

これね。映画公開時のインタビューで、小栗旬が言ってるんですよ。
「ドラマ制作当初、創る側の誰も、「花より男子」というドラマに期待してなかった。放送局側の人たちにとっては消化仕事のような感じだったんだと思う。だからこそ、つくしとF4の5人で、絶対いいドラマを創ろうって誓い合ったんだ」・・・って。
(インタビューを貼り付ける技術がなくてすみません。でも、あちこちで言ってる発言です。知ってる人はもう、知ってるよね)
・・・これだと思います。
台湾版の成功を受けて、日本でも制作することになったけど、やっぱり日本の制作陣は原作の力を信じてなくて、「たかが少女マンガ」のノリだったんでしょう。
で、台湾版とは正反対の結果。
日本の場合、若い役者たちの方が原作の力を信じたから、生きた映像をとることができた。

象徴的なのが、真央ちゃんです。

ドラマ開始当初、未成年の若さですから、どれだけ意識して役を創っていたかはわかりません。
ただね。ものすごく気になることがあって・・・。
つくし役の井上真央って、猫背なんですよ。
強者だらけのとんでもない環境に入り込んでしまった弱者として、常に身構えていなくてはいけないつくし。
その彼女の心情として、猫背はかなり正しい姿勢です。
真央ちゃんの場合、ごく自然にできている。
ひょっとして、元から猫背な子なのかなあとおもいましたけど、他の番組を観ていて、フツウにしている井上真央は、すっと伸びた背筋をしていますから、あれはつくし限定の演技なのだとわかる。
バービースーにも、ク・ヘソンにもできなかった「つくし」の存在感。
誰かに構われたとき、ビクッと身体を震わせる様も、真央ちゃんは女としての媚は一切ありません。
ただ、怯えた動物のように見えるわけです。
そして追い詰められた最後の最後、自分の力で突き抜けようとするときのパワーもまた、真央ちゃんが天下一品。

もちろん、日本版にだって不満はあります。
道明寺とつくしの身長差。これはジェリィイエンの勝ちだなあ、松潤頑張れよ、とかね。
まあ、色々な面で、帯に短し襷に長し・・・って感じで突っ込みどころはありますけれども。

それでも!
ヒロインがベスト1!という一点で、日本版が一番ぬきんでていると、ワタクシは思うわけです。

・・・ということで、ヒロイン最強説を撒き散らしてしまったわけですが、こうなるとさらに語りたくなるのは、漫画実写化の成功例として語られるもうひとりの最強ヒロイン。

のだめカンタービレののだめちゃん(上野樹里ちゃん)。

次回はこのネタでいきましょか。




2012.03.03 *Sat*

漫画実写化の成否①・・・「花男談義・台湾版」

まずは、前置き

恐れ多くも、これから、ドラマ「花より男子」について語ろうとしています。
我ながらチャレンジャー・・・。
コアなファンがあちこちで語りつくしているような作品をいじるのは、勇気がいります。

自らはまった「善徳女王」のような作品なら、それなりの覚悟をもって書き飛ばせるんですけどね。
すぐ身近に大ファンがいて、熱い語りを聞かされてきたのに、そんな思い入れがあるわけでもない自分が語っていいものかどうか・・・。
よその庭に入り込んで、花を手折って逃げ出すみたいなスリル、ありますね。

批判はどうぞ、お手柔らかに。

さて、本題です。

台湾版の「花より男子」は、ワタクシにとって、アジアの連続ドラマを最後まで視聴できた最初の作品です。

当時海外ドラマといえば、アメリカかイギリスのものだと思ってました。それも、医療系か推理もの限定。
アジアの、しかも恋愛ものなんて全然興味がなかったころ。

友人のひとりに勧められましてね。
断っても断っても推し続けるシツコイ奴に「観なければ絶交」とまで言われて、とりあえず、最初の方だけでも観ておくか、という感じで視聴したんです。

いやあ、ぶっとびましたね。目からウロコのカルチャーショック。

何がって?

映像技術のひどさと、音声の粗雑さ、そして役者の下手さ加減。
揺れるし、ぼける。周囲の騒音を、全く処理しきれていない。
雨の降らせ方なんて、ひどすぎて目が離せません。
しかも、若すぎる役者の青い青い演技・・・というか、棒読み棒立ち多すぎ。
(ああ、怖い。怒らないでね、個人的な感想だから)

・・・にも関わらず、

作品からにじみ出てくる、あまりにも直裁な
原作への愛。

いやあ、本気が伝わってきましたよ。

稚拙な技術と作品への本気にギャップがありすぎて、最後まで見入ってしまいました。

それまでね、日本における「漫画の実写化」に不満を抱いていたんです。

全くリスペクトされていなかったでしょ。
少年ものはとにかく、少女マンガの扱いはひどかった。
総売り上げとか話題性で無視できなくなり、スポンサーの要求があってなんとなく作品化してみたものの、制作側が原作をバカにしきって、全然力が入ってない。そういうものが多すぎでした。

実際、日本の映画「花より男子」は、ひどかった。
(つくしが内田有紀、道明寺が谷口章介、花沢類が藤木直人。ほんと、内田有紀は作品に恵まれない)
あれね、原作者、訴えていいと思います。原作ファンも怒っていい。
純愛ストーリーではなく、DV推進映画ですから。明らかに「冒涜」。
プロデューサーも脚本家も監督も、やる気がないなら、断ればいいのに。
(注・ワタクシいたって温厚な性格です。そのワタクシがここまで言うのですから、お察しください)

(ちなみに、日本版ドラマ「イタズラなKISS」も、ひどかったと聞いてます。
これまた、台湾版の本気の「イタズラなKISS」にまけちゃってるみたいですね)

・・・というわけで、花より男子台湾版も、ちょっと敬遠気味で観始めました。
で、いい意味で、爽快に裏切られました。

どこまでも原作に忠実に。
登場人物の成長を、新人ばかりの役者の成長に重ね合わせて、丁寧に丁寧に撮って行く。

真摯な気持ちが前面に出ていて、日本の漫画文化をこよなく愛するワタクシとしては、なんか、泣けるほど嬉しかったです。

特に、類役ヴィック・チョウの扱いは良かった!
あの子、最初は本当に突っ立ってただけなのに、「類」の雰囲気にはどんぴしゃ。
多分、素・・・だったと思うんですよ。彼自身が、類みたいな男の子だった。
眠たげで、何に対しても興味なさそうで、不機嫌加減が危険なほど冷淡で。

日本版「類」の小栗旬も、なかなかはまり役だったと思います。彼は達者ですからね。
でもやはり、天然の「類」は、ヴィック・チョウだった気がします。

しかも彼は、ドラマの進行とともに、類としての自分を成長させていったわけです。 
つまり、演技を要求されるのではなく、素の状態で、つくしへの思いを膨らませていくことを要求された。
(撮影終了後、つくし役のバービィ・スーと実際にお付き合いをはじめちゃったなんて、オマケまで・・・)
役者としてすでに出来上がっていた小栗旬と違って、新人・ヴィックは、計算なく類としての気持ちに出会っていったような気がしてならないんです。
これ、キャスティングの妙ですよ。
もう二度と再現することのできない、そのときだけの幸運な偶然の産物。

類の役どころは象徴的で、F4全体が、そういう傾向で役を昇華していった気がします。

しかしこれもね、制作陣たる大人たちの原作への愛あってのことですよ。
彼らは登場人物の気持ちを細かく解釈して、それを繰り返し伝えたんでしょうね。
若い役者たちは、大人たちの意を汲み、登場人物に思い入れを持つようになって、それが作品の伸びにつながっていった。

F4を演じた4人の男優は、第一作目がこの作品で幸運だったと思います。
原作を愛することはイコール登場人物を深く理解すること。
それはすなわち、演じる彼らが大切に扱われること・・・だったのでしょうから。

台湾版の「花より男子」がアジアを席巻するブームになって、日本の制作陣の重い腰をあげました。
素材は自国にあるんですから、これまでの怠慢は許されなくなったわけです。

で、話は日本版「花より男子」にうつります。

ここまで台湾版を持ち上げておいて、最後にこんなこと書くのは気がひけるのですが・・・。

実は、ワタクシ、「花より男子」のドラマとしては、日本版が一番好きです・・・、という話を、次回。

2012.03.02 *Fri*

日々の世迷いごと・・・卒業

娘の卒業式前夜。

珍しいことに、深夜まで母娘で話し込んで・・・。

長女と違って、クールでシニカルな次女だったのに。

その夜はどういうわけか、しゃべる、しゃべる。

私もつられて、時間を忘れて、思い出したり、しゃべったり、笑ったり、泣いたり・・・。

こんな夜もあるんだなあとしみじみと思いながら・・・。

最後に、大真面目に言ってしまった。

「まあいいさ。失敗しても、何かを失っても、とにかく生きててくれさえいれば。
うんにゃ。生きてなくても。たとえどっちかが死んでてもさ。
あんたがあたしの娘ってだけで、それでいいよ」

・・・なんて感傷的な夜。

翌日の卒業式は、そのノリで会場へ。

入場行進の段階で、すでに涙目のお母様方があちこちにいるから、

ワタクシめも泣く気満々だった・・・んだけど。

入場してきた娘をみた瞬間、かたまりました!

なんだ、その寝ぐせ。こんな日くらい、ちゃんとしろよ!

・・・・式の間中、彼女の髪が気になって、頭の中で自分の小言が鳴り響いて、「卒業」という事実に感動する間なし。

終わった後に「髪!」って文句を言ったら、

「お母さんこそ、ネックレスずれてる。慣れないものつけるから」

・・・このヤロ・・・。

いつもの可愛げのない日常が戻ってきました。

なんだったんだ、あの夜の幻は・・・!

ちっせぇ。

ほんと、ちっせぇ母親です。





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